第154話 小日向さんは止まらない



 ちゅーちゅーとしばらく俺の首に吸い付いてきた小日向は、満足のいく代物が出来上がったらしく、ふすふす言いながら座ったまま上下に跳ねている。


 恥ずかしいけれど、小日向が楽しそうだからいいかぁ――と思ってしまうあたり、俺の甘やかし度もだんだんと上がってきてしまっているらしい。自制せねば。


 スマホでパシャリと俺の首を撮影した小日向は、その画面を俺に見せてくる。ただ見せてくるだけならまだしも、しっかりと俺の足の間にお尻を収めて、一緒に見ようとしてくるところがまた可愛い。つい頭に手が伸びてしまった。


「どれどれ――って、結構しっかり残ってるなぁ……クラスメイトに見つかったらどう言い訳しようかね」


『小日向明日香がちゅーしたって言い訳すればいい』


「それ言い訳って言わないからな?」


 ジト目を向けながらツッコみをすると、小日向はふへへと笑って後頭部を俺の胸に擦りつけてくる。可愛い。全てを許した。


 小日向が見せてくれた写真に目を向けると、赤くなっている部分は一円玉に満たないぐらいのサイズだった。もし月曜日まで残っていたら絆創膏張っておけばいいかな。景一や冴島あたりは勘付いてからかってきそうな気もするが。


「こんなことしなくても、桜清学園のみんなは俺と小日向の仲ぐらい理解しているだろうに」


 なんといっても、文化祭のカップルコンテストの件があるからなぁ。

 あの得票数はいったいどこから集まったんだろうかと文化祭のことを思い出していると、小日向が俺の胸を背もたれにした状態でスマホをポチポチ。


『桜清学園の人以外は知らないから』


「いやいや、五千票集まってるんだから、学園以外にも広まってるだろ」


 学園の七不思議に加えてほしいところだ。他の六つの不思議は知らないけど。


『修学旅行先だったらみんな知らない』


「そりゃそうだろ――ってまさか……小日向、もしかして旅行中にもキスマーク付けようとしてる?」


 嫌な予感がして、無意識に口角がぴくぴくと引きつっていく。そして彼女の言い方から察するに、そのマークを隠すことは許されないような気が――。


『大丈夫』


 びくびくしている俺をよそに、小日向はふんすと胸を張った。


『綺麗にできたから』


 そう言う問題じゃないんですよ小日向さん。

 綺麗でも綺麗でなくても、キスマークはキスマークなんですよ。



 小日向が見守るなか、俺は冷凍してあった白ご飯と、帰宅時に購入した惣菜を食べた。


 彼女は俺と一緒にバラエティ番組を見ていると、面白い部分があったら毎度毎度こちらに顔を向けて『面白いね!』とでも言いたげにふすふすしてくる。非常に可愛い。


 それはさておき、食事を終えたらお風呂の時間だ。


 小日向はすでに入浴を済ませてからこちらに来ているので、俺だけが入る形だ。当たり前のように脱衣室に同行してきた小日向を追い払ってから、しばし一人の時間である。


「まったく……不安なのは俺も一緒だってのに」


 むしろ小日向の人気具合を考えれば、俺の方が不安だっての。

 そんなことを思いながら、洗い場にある鏡で小日向が付けたキスマークを確認する。首を限界まで捻れば確認できるような位置にそれはあった。


「やられっぱなしも癪だし、俺も小日向に付けてやろうかな」


 赤くなった部分を指でなぞりながら、そんなことを呟く。


 試しに自分の腕を軽く吸ってみたら、わりと簡単に赤くすることができた。小日向が付けたものと比べると、いくらかサイズが大きい。

 赤くなった部分を見つめながら、俺がキスマークを付けたときの小日向を想像してみる。


「めちゃくちゃ喜びそうな気がする……」


 身体にできた赤い跡を隠すどころか、彼女は周囲に見せびらかしそうだ。

 そして「どうしたのそれ」と聞かれでもしたら、迷いなく『智樹が付けた!』と元気のいい文面を見せつけてくるだろう。友人だけならばまだ情状酌量の余地があったかもしれなけど、家族にまで見せそうだから怖い。


「うん。無しだ無し。なぜ俺はそんな冒険をしようと思ったんだ」


 別に小日向から『付けて』と懇願されたわけでもないのだし、なぜ自ら首を締めるような行動をとなればならんのだ! 小日向に男が寄ってきたとしても、俺が目を光らせておけばいいだけの話である。


「忘れよう」


 身体に付いた泡とともに、湧いてきた謎の発想も一緒に配管へと流し込んでいく。

 湯船に浸かって一息つけば、身体の中に渦巻いていた考えも、一緒にお湯へと溶け出していった。


 ――で、だ。


 タオルで髪を拭きながらリビングに戻ると、正座してこちらをジッと見ている小日向がいた。彼女は俺の心の内を探るように視線を向けたのち、スマホをポチポチ。


『智樹も私に付けて』


「…………マジで?」


 何を? とはとても問い返せないような、すさまじい圧力が小日向の眼には宿っていた。




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