第155話 万ちゅーに値する
『智樹も私に付けて』
そんなキスマークを要求する文面を見せつけられた俺は、どうすべきか、どう反応するべきなのかわからずしばし呆然としてしまった。
そんな俺の無反応を小日向はどう受け取ったのか、彼女はパジャマに付属したうさ耳付きフードを頭にかぶって、左右に揺れながらぴょこぴょこと耳を跳ねさせる。
く、くそ……さてはこのうさ耳天使、俺を誘惑しようとしているのか。反則レベルで可愛いぞこいつ。
しかし俺がいつも小日向の思い通りに動くと勘違いしてもらっては困る。
俺だって譲れないところがあるのだ。
「う、腕なら可! 首はダメ」
動かしづらい舌に喝を入れてそう言うと、小日向はコクコクと激しく頷く。どうやらそれでいいらしい。セーフ……なんだろうか?
そんな俺の内心など気付く様子もなく、小日向は『はいどうぞ』と言いたげに躊躇いなく俺の口元に自身の右腕をもってくる。
こいつ、恥じらいとかどこかに忘れてきたんじゃなかろうか。もしくは男の子に吸い付かれることに興奮を覚えるタイプ……? ふすふすが激しいから後者の可能性が高い気がする。
――そんなことはどうでもいいんだ。
いや、どうでもよくはないけど、目下気にすべきことはこの細くてぷにぷにしている腕に俺が吸い付くべきか否かということであって、小日向が羞恥心を持ち合わせているかどうかはがわかったところでこの現状は何も変わらないのである。
しかし、チューチューと小日向にキスマークを付けているのをまじまじと見られるのはさすがに恥ずかしい……。首ならばその姿を見られずに済んだのに、ここにきて腕を選択してしまった弊害が出てきてしまった。
「ね、寝る前にしような。布団に入ってからで」
どうせ俺たちが眠る場所はダブルベッドなのだ。
別々の場所で寝るのならばこの先延ばし戦法も難しかったかもしれないけど、今はこの半同棲生活に感謝である。暗くした状態ならば小日向に観察される心配もないし。
「はいストップ! ストップだ小日向! 寝室に行くのはまだ早いから! 歯を磨いてないでしょうが!」
俺の発言を聞くなり、スッと立ち上がって俺の腕をぐいぐいと引っ張る小日向を言葉で制する。やれやれ……本当に肉食な女の子だよ小日向は……。
クリスマス以降はキスマークだらけになっていても不思議じゃないな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今週の日曜日はバイトのない休日ということで、目覚ましのアラームで目を覚ますのではなく、俺はスズメの「ちゅんちゅん」という鳴き声と、肉食獣の捕食音――「ちゅーちゅー」という音で目が覚めた。
「おは……よ?」
寝ぼけ眼を擦りながら、俺の鎖骨あたりに顔をうずめている小日向に声を掛ける。
俺がぼんやりとした朝の挨拶を口にすると、小日向は自身のおでこを俺の唇に三度ぶつけてくる。自発的なでこちゅーだな。いつの間にか小日向は俺の胸だけでなく唇にも頭突きをするようになったようだ。
喉元がかゆかったのでぽりぽりと手で掻くと、少しその部位が湿り気を帯びている。
なんで濡れてんだろ……汗掻いたのかな。
そんなことを考えながら、小日向の頭を撫でているとだんだんと頭が覚醒してきた。そして、小日向が俺の首元に顔を埋めていたことと、その部位が湿っている理由を脳が理解しはじめる。
「……チョットマテ、小日向……? まさかまたキスマークつけたのか?」
「…………(コクコク!)」
「いやいや! そこはいつもの吹けない口笛で誤魔化すとかしろよ! なんでしてやった感満載の顔してんだ!」
「…………(ぷすー)」
「はいそこ! 口笛吹く振りしてキスしようとしない! 寝起きだけど顔が近づいてきてることぐらいわかるからな!? ……あー、はい、ハグなら良いです」
小日向がギュッと俺の身体に抱き着いてきたので、ぽんぽんと背中を軽く叩く。
なんだか色々と誤魔化された雰囲気はあるけど、まぁいいか。寝起きの脳をこれ以上働かせたくもないし。
とりあえずは洗面台の鏡でこのタコ天使が付けたキスマークがどれほどのものか確認して――小日向の処遇を決めるのはそのあとだな。いまは少しだけ、この小さな生き物を愛でながらまどろむことにしようか。
「……今日は家で過ごしましょうか」
『お家デート?』
「まぁ、そうだな。実は誰かさんがキスマーク付けまくったおかげで家から出られないんだよ」
『ふとどきもの』
「うん、誰だろうねその不届き者は。昨夜の時点で三つだったキスマークが、いつの間にか倍になってんだけど」
『私は腕に二つだけ』
「うんそうだね。俺は昨日の夜に付けただけだからね。それはいいんだけど、寝てる隙に襲うことについて、小日向はどう思う?」
『万ちゅーに値する』
「小日向のことを言ってんでしょうが! なにしれっとキスを要求してんだこのむにむにほっぺがぁ! というか『万ちゅー』ってなんだよ! 一万回キスしろってか!? 初めて聞いたわ!」
「ふぇふぃ」
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