第153話 小日向さんはハグされる



 ウサギのようなちょこまかとした動き、そしてなによりもその小さな体躯、様々な要素から彼女の外見は草食系の動物を脳裏に浮かべさせる。


 だが、俺に対してはがっつりと肉食系だ。隙あらば身体の隅々まで美味しく食べてしまいそうな雰囲気がある、油断ならない生物だ。


 身動きの取れない獲物の前で舌なめずりするライオンを彷彿とさせる小日向は、現在、リビングで仰向けに横になり、洋服の上着をペロンとめくって俺に小さなおへそをさらけ出している。


 どうやら小日向明日香ムキムキ計画が実を結んだようで、俺にお腹を見せても問題ないぐらいには体重が落ちたらしい。元から太っているとは思っていなかったけど、彼女にも色々とラインがあるのだろう。


 俺は無言で小日向の服を元の位置に戻して、おでこをペチンと叩いた。


「小日向さ……実際は俺に襲われるとか思ってないだろ」


 俺がため息交じりにそう言うと、小日向は明後日の方向に視線を逸らしてぷすーぷすーと乾いた口笛を披露する。彼女は寝転がったままスマホをポチポチと操作して、俺に提示。


『あわよくば』


「小日向がクリスマスって言ったから、俺は我慢しているんだぞ? そこんとこちゃんと理解してんのか? んん?」


 小日向のほっぺたをむにむにと弄りながら言うと、彼女は唇を尖らせた。

 不満げにしている彼女に「いったいお前はどうしてほしいんだ」と聞いてみると、彼女は拗ねたような表情を浮かべながらスマホに文字を入力した。


『私だけ凄く好きみたい』


『智樹はそんなに好きじゃないのかなって』


『不安になる時がある』


 そりゃ俺はお前本人に『好き』と明言するのをストップさせられていますからねぇ!


 好きと言わずにどうやって――あぁ……だから『襲って』か。言葉じゃなくて行動で示して欲しいと。


 どうやらこのお姫様は手を繋いだり、おはようとおやすみのキス、そして一緒に布団に入ることはすでに当たり前の領域に入ってしまっているらしく、これだけでは足りなくなってしまっているようだ。


 この状況で身体の関係になっていないのだから、十分に好意は伝わっているものだと思っていたがな。


 俺はどうしたものかとしばし頭を悩ませ――小日向の背中に手を滑り込ませて身体を起こした。


『…………?』


 可愛らしい女の子座りで首を傾げる小日向。キョトンとしている表情もやはり愛らしい。


 俺はほんの少しの恐怖と、好奇心と、そしてずっと胸の奥でくすぶっていた想いを感じながら、小日向を正面から抱き寄せた。少し身体を屈ませて、彼女との身長差を調整する。


 耳と耳がくっついており、お互いがお互いの肩に顎を乗せた状態だ。部屋が静かなせいか、心臓の音がいつもより大きくはっきりと聞こえてくる。


 俺は小日向の背中をあやすようにトントンと一定のリズムで叩いた。


「小日向の希望通り、俺からの言葉はクリスマスにとっておくよ。記念日としてもわかりやすいからな」


 不意に俺から抱きしめられた小日向は、戸惑っているのか身動きひとつとらない。


 俺からこうやって正面から抱きしめるのは、実は初めてだったりする。

 抱き着いてきた小日向の背中に手を回したり、膝に座る小日向をホールドすることはあったけども。


「不安になるようなことはないから」


 子供をあやしているみたいだなぁと思いながら、俺は小日向の背を叩く。彼女が俺を拒まないことは十分に理解しているのだが、やはり緊張してしまう。彼女が俺に対して抱いている不安も、この気持ちと似たようなものなのだろうか。


 しばらくして、小日向も俺の背に手を回した。いつもより力が強い気がするけど、苦しくはない。おそらく彼女が全力で抱きしめたとしても、俺が苦しくなるようなことはないだろう。その高校生とは思えない力の弱さが、また俺の保護欲をくすぐってくる。


 たまにはこうやって小日向のことを抱きしめるのも悪くないなぁ。恥ずかしいけど、俺も幸せだし。

 しかしこの滾る劣情はどうしたものか……『抱きしめる』という行為に頭が順応してきたと思ったら、彼女のふにふにとした柔らかい身体の感触が気になりだした。


 い、いかんな。これは女性慣れしていない俺が長時間しても平気な行動ではないということか。


 そんなことを思っていると、


「ふぉっ!?」


 ライオンかと思っていた小日向が、吸血鬼へと昇格した。


 抱き着いた状態で、俺の首に唇を押し付けてきたのである。それだけならばまだ扇情的に聞こえる音を我慢すれば良かったのだが、吸い付いてきたのだ。痛くはないけど、くすぐったい。


「こ、小日向さん? もしかして『キスマーク』つけようとしてる? 跡が残る系の技?」


 俺の問いに小日向の返答はない。彼女が口を離すと、濡れた部位が空気にさらされてスース―とひんやりしている。そしてまた、彼女は同じ場所に口を付けてちゅーちゅーと吸いはじめた。


 これは、あれか? 出来栄えを確認するためにいったん口を離した感じなのか? ということは、マジで目に見える形で残そうとしてる? 腕とかならまだよかったけど、首はマズくないですかね小日向さん?


 以前別荘にお泊まりに行ったとき、小日向は寝惚けた状態で俺の首に吸い付いてきたことはあったけど……きちんと意識がある状態では初めてである。



 明日は学校もバイトも休みだからいいけれど、まさか月曜日まで残ってるとか――そんなことないよな? キスマークって、どれぐらいで消えるんだっけ?



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