第152話 小日向さんは充電したい
小日向がどんどん可愛くなっていく。
そう感じているのはどうやら俺だけではないようで、例の救急車で運ばれがちな団体の人たちもそうだし、冴島や小日向の家族も同じことを思っていたようだ。
特に斑鳩生徒会長と白木副会長は、わざわざ授業の合間の休み時間に二年C組へやってきて、そっと俺にほうれん草を手渡してきたほどである。
俺はあんたたちみないに血を吹き出してないから別にいらないんだが……というかこれを手渡されても困る。お浸しでも作ればいいのか。どうやって作ればいいのかわからんが。
それはいいとして。
なぜこんなに小日向が可愛くなってきているかというと、もともと無表情であった小日向が表情豊かになってきている――これは元からあった兆候なのだけど、それが加速しているのだ。
おそらくその要因としては、小日向の嫌いな試験が終わったこと――そしてこの冬には彼女にとって楽しみなイベントが盛りだくさんだからだろう。
まず来週には景一の誕生日がきて、その翌週には修学旅行。
来月の前半に小日向の誕生日がやってきて。その一週間後は俺の誕生日だ。
冬休みに突入したかと思ったらクリスマスがやってきて、年末、正月と絶え間なくイベントが押し寄せてくる。
小日向がルンルンモードなのは誰の目に見ても明らかなのだが、俺や景一、そして冴島も――というか、俺が見る限り桜清学園全体でテンションがやや高めになってきている。
――と、これほどまでに長い前置きをして、結局俺が何を言いたいのかというと、
「小日向、ステイ」
俺の恋人になる予定の女の子が、ちょっと暴走気味である。
土曜日の夜。
俺がバイトから帰宅してからほどなくして、小日向が静香さんの送迎で我が家へとやってきて(いつか見た自らにラッピングを施したプレゼントスタイルで)、気付けば俺は彼女に仰向けに倒されていた。
どう考えても君はウサギみたいな草食獣じゃなくて肉食獣だろう。
そんなことを考えながら、馬乗りになって俺を見下ろしている小日向にジト目を向ける。彼女は俺のそんな視線を気にした様子も無く、俺の腰の上でピョンピョンと身体を弾ませたかと思うと、左右にぶんぶんと身体を振り、最終的に俺の胸に顔を押し付けてきた。
「まだ風呂に入ってないから汗臭くない……? あまり臭わないでほしいんだが」
小日向の頭を撫でながらそう言ってみるが、彼女は「そんなことないよ!」とでも言いたげによりいっそうふすふすし始める。息がくすぐったい。
可愛い……とんでもなく可愛いが、本日の俺は鬼になる。小日向に「めっ」としてやるのだ。これ以上バカップルっぷりを加速させないために。
なぜそんなことを思ったのかというと、もうすぐ俺たちは修学旅行で県外へと足を運ぶからだ。
この街――小日向の生活圏においては、いつの間にか俺と彼女の関係はわりと知り渡ってしまっている。それは文化祭のカップルコンテストで獲得した『五千百七十三票』という途方もない数字が物語っていた。
俺は身体を起こして小日向の脇に手を差し込み、ひょいっと持ちあげて俺の身体の上から移動させる。相変わらず軽い身体だ。そして無抵抗な感じが猫みたいで可愛い。
「いいか小日向。なぜかこの学校――というか、この辺りでは俺と、その――いちゃいちゃみたいなことをしていても何も言われないけど、他所に行ったらどうなるかわからん」
俺が真面目なトーンで話し始めたからか、小日向はささっと正座する。俺も彼女に合わせて姿勢を正した。
「小日向のことだから『どう思われてもいい』とか思っているかもしれないけど、ベタベタしているのを不快に思う人もいるかもしれない」
「…………(コクコク)」
「だからあっちに行った時には、過度なスキンシップはしないようにするんだぞ?」
俺がそう言うと、小日向はスマホをポチポチ。
『手をつなぐのは?』
「それはオッケー、かな。はぐれたらマズいし」
『グリグリは?』
彼女の過去を考えると、頭突きに関しては拒否しづらい。ということで「人目が少なかったら」という条件を付けてオッケーにした。
その後も二人でセーフなラインとアウトなラインを協議して、修学旅行中の過ごしかたを決めていった。いつもの小日向を抑制してしまう形になるが、こればっかりは我慢してもらうしかない。周りに嫌がられるような間柄ではなく、どうせなら俺は小日向との関係を祝福されたいからな。
小日向が納得してくれたことに安堵して、足を崩してから息を吐いていると、ふすふすした小日向がスマホをぐいっと俺の眼前に向けてくる。
『私、智樹に抱きつくの我慢する』
「おう、偉いぞ」
『我慢するためには充電が不可欠』
「……なんとなく先が予想できそうだが、続きをどうぞ」
これまでの小日向の『攻め』を思い出すと、おそらく彼女は「修学旅行までの間、いっぱいいちゃいちゃする」とか言い出しそうな気がするんだよなぁ。
まぁそこは、俺の理性に頑張ってもらうしかないか。
これまでも小日向の猛攻に耐え抜いてきた俺の自制心ならば、きっと問題はないだろう。――そう思って苦笑していたのだが、いかんせん考えが甘かった。
俺は彼女からの『攻め』を思い出すだけではなく、毎度毎度彼女が俺の予想を上回ってくることも一緒に思い出すべきだったのだ。
『私は何もしない』
「……ん? じゃあどうやって充電とやらをするんだ?」
首を傾げながら、俺は疑問を口にする。対する小日向は、ふすふすと鼻息を荒くしながら、スマホの画面を俺の目と鼻の先に持ってきた。
『智樹が襲って』
……俺の理性、本当に大丈夫だろうか?
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