第151話 修学旅行の計画



 高校生活における大きなイベントといえば、文化祭や体育祭などがまず思い浮かぶ。


 景一のようにモデルをやっていれば、バレンタインなんかも大きなイベントにカウントされるのかもしれないけど。残念ながら俺には無縁の話だ。

 女子と関わろうとしていなかったから、自業自得ではあるのだけど……来年は小日向から貰えることを祈っておこう。


 それはいいとして、これらのイベントは年に一回は訪れるものであるが、なかには三年間に一度しか訪れない特大のものがある。


 ここ関東から遠く離れた東北の地で、三泊四日――そう、修学旅行だ。


「スキー以外の自由時間は班行動になるんだよな? 鳴海たちはどこか行きたいところはあるか?」


 修学旅行のしおりを眺めながら、俺は前の席に座る二人に問いかける。


「うーん、ウチらは特に……家族にお土産買いたいぐらい?」


「私もかな~」


 俺の問いかけに対し、修学旅行で行動をともにすることになった鳴海と黒崎がそれぞれ返事をする。ちなみに残りの班員は予定通り景一と小日向だ。


 二年C組では現在、それぞれの班に分かれて、残り二週間をきった修学旅行の予定を立てている。俺たちは近くにある机を合計五つ結合し全員が向かい合うような形になっていた。


 しかし、そのうちの一つの席は空席である。


 机の上には修学旅行のしおりも筆箱も何も乗っておらず、椅子は人肌に触れることなく、窓から流れ込む秋の涼しい空気にさらされていた。


 本来ならばちっこい誰かさんが座っているはずの空席に視線を向けてから、俺は誰にもバレないようひっそりとため息を吐く。


「智樹はなにかある?」


 そんな俺の様子に感づいたらしい景一が、苦笑しながら問いかけてきた。


「そうだなぁ……主要な観光スポットはせっかくだし回りたいかもしれん」


「あぁ、縁結びの神社とか?」


「……お前が行きたいなら付き合ってもいいぞ」


 自分から『是非行きたい!』というのは恥ずかしい。ただでさえ桜清学園の文化祭ではカップルコンテストにて小日向とともに殿堂入りを果たしてしまったし。これ以上周りに「アツアツだねぇ」といった視線を向けられるのは、精神上よろしくない。


 俺の中途半端な回答を聞いて、小さく笑っている景一にジト目を向けていると、胸にコツンと衝撃。視線を下に向けてみると、『行く!』とノートにドデカイ文字が書かれていた。


 俺の太ももの上にちょこんと座り、斜め下からこちらを見上げながらペシペシとノートをシャーペンで叩く小日向。そしてついでと言わんばかりに後頭部を俺の胸に擦りつけてくる。


 やれやれ……なぜ自分の席を使わずに俺の上に座っているのか。空席が泣いているぞ。


「はいはい――鳴海と黒崎もそれでいいか?」


「うっ、も、もちろんいいよ!」


「ごちそうさまです~」


 つっかえながらも了承の意を示す鳴海、そしてよくわからないことを言っている黒崎。とりあえず、二人ともオッケーということでいいかな。


 しかしこのクラスのみんなさぁ……なんでこの状況に違和感を覚えないの? 女子が男子の膝の上に座った状態で会議が進行しているんだぞ? あきらかに普通じゃないよね?


 へんにからかわれるよりは勿論マシなんだけど、このちっこい天使の歯止めが効かなくなりそうで、俺、不安です!



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 学校が終わってから、別クラスの冴島と合流し、四人で帰宅。

 本日は学校が終わるのがいつもより遅かったので、俺の家で遊んだりはせずにそのままの帰宅だ。


 冴島と景一は基本的に週に二回ほど我が家に遊びに来て、小日向と俺を加えた四人でゲームをしたりする。小日向と俺が二人きりになるのは、平日のどこか一日と、土曜から日曜にかけての泊まりのときって感じだ。


「おたくの嫁さん楽しそうだねぇ」


 景一が前方を歩く小日向に目を向けながら、そんなことを言ってくる。

 お前はその隣を歩いている自分の彼女でもガン見してろ――と言いたいところだが、つい小日向に目を向けてしまう気持ちもわかるので、強くは言えない。


 これは別に小日向が小さいからとか、後ろ姿でも可愛いからとか――そんなのろけたい気持ちからのものではなく、景一の言う通り、小日向が本当に楽しそうなのだ。


 中間考査前の小日向の歩行にオノマトペを当てはめるとすれば、『テコテコ』といった感じ。しかし現在俺たちの前を歩く小日向は、『テッコテッコ』なのだ。腕もブンブンと元気よく振っている。


「……嫁じゃないから」


 取り敢えずここは否定しておかないと――そう思ってぽつりとつぶやくと、小日向が勢いよくこちらを振り返る。テテテとこちらに駆けよってくると、ジッと俺の顔を見上げてきた。これが無言の圧というやつか――いや、無言はいつものことなんだけども。


 彼女の表情からは「嫁じゃないの?」という意思が伝わってくる。


「……『まだ』違うだろ」


 俺はその圧力に屈して、視線を明後日の方向に逸らしながら口にする。するとすぐさま胸に衝撃。ぐりぐりと小日向は俺の胸に頭をこすりつけてきた。


「見たか野乃、これが殿堂入りの実力だ」


「なんで景一くんが胸を張ってるの?」


 冴島が呆れたような様子でそう口にする。

 俺も同じことを言おうと思ったよ。




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