第187話 明日香を食べて



 唇に手をあてて考え込んでいた小日向は、途中で思考することに飽きたのかスマホをポイッと布団に投げて俺の胸にぐりぐりと頭をこすりつけてきた。


 俺はスマホ画面を見たことがばれなかったことに安堵の息を漏らし、小日向の後頭部を手でさする。


「はいはいよしよし……それで、結局どうする? とりあえずもうすぐお昼時だから……コンビニでも行くか?」


 そう問いかけると、小日向は俺の胸に密着した状態でふすーと息を吐いてから、首を横にぶんぶんと振る。投げ捨てたスマホを手に取って『作る』という文章を見せてきた。


 そういえば小日向って料理できるんだよなぁ。弁当も自分で用意しているみたいだし、素直に凄いと思う。小日向のイメージ的に手を切っちゃいそうで怖いけど、もしかすると身体を動かす系と一緒で素晴らしいセンスを持っているのかもしれない。


「っていうか病み上がりだろ? 大丈夫なのか?」


「…………(コクコク)」


「そっか。俺は何か手伝える? 料理はできないが、皿洗いぐらいならできるぞ」


「…………(ぶんぶん)」


 必要ないらしい。じゃあこの恩はまた別のところで返させてもらうことにしようか。

 もし小日向が彼女になったら、俺に弁当を作って来てくれるなんてイベントが発生したりするのだろうか――なんて妄想をしたことは、恥ずかしいので心の内にしまっておくことにしよう。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 うさぎの着ぐるみを身に着けた小日向は料理をするべく部屋を退出し、俺は待機を命じられたので大人しく部屋でぼけ~っとすることにした。


 さすがにずっと布団にいるのは気が引けたので、俺は逃げるようにテーブルの前に腰を下ろす。ラグが引いてあるから床は冷たくないし、別にお尻も痛くない。


 部屋をざっと見渡してみると、いつか作ったてるてる坊主が飾られていたり、プリクラが写真立てに入れられていたりと、ところどころに思い出の品が見受けられる。


「修学旅行の写真が出来たら、小日向は部屋に飾ったりするのかね」


 一枚でもいいから部屋の片隅に置いてくれたら、間違いなくうれしいだろうな。

俺も新しく写真立てを買って、勉強机の上にでも置いてみようか。カレンダータイプもありだけど、でかでかと小日向が映った写真を部屋に貼るのは少し恥ずかしいから、そこは集合写真とかにしておくか……? いや、でもなぁ。


 そんな風に、いずれ学校に張り出されるであろう修学旅行の写真のことを考えていると、トテトテと階段を昇る足音が聞こえてきた。物静かな音だけど、現在この家の中はほぼ無音状態だし、道路を走る車の音がうるさいわけでもないからしっかりと聞こえる。


 料理を持ってきてくれていそうだから、立ち上がり扉を開ける。すると予想通り、小日向はトレーの上にお皿二枚を乗せてきていた。小日向は一瞬開かれた扉に目をぱちくりとさせていたが、ふすふすしながら頷き「ありがとう」の意思を告げてくる。


「おぉ、美味しそう。名前まで書いてくれたのか」


 小日向が作ってくれたのはオムライスだった。

 お店で出てきてもおかしくないような見事な半熟であり、照明を反射してキラキラと輝いているように見える。オムライスの上には『ともき』、『あすか』とそれぞれ書かれていて、綺麗なハートマークが名前を囲んでいた。


 これだけでも十分満足なのだけど、クルトンの浮かんだオニオンスープも付いてきている。小日向が用意してくれたというだけでなんでも食べられそうだったけど、これは普通に食欲がそそられるなぁ。


 その後、飲み物をとってくるらしく、小日向はもう一度退出。俺は自分の名前が書かれたオムライスの前に陣取ってから、二つのオムライスをスマホでパシャリ。これは記念として残すべきものでしょう。小日向は映っていないけれど、これを生徒会長とかに見せたら悶絶しそうだな。


 で、そんな風に出来立ての料理を眺めているとすぐにコップを二つ持った小日向がテコテコとやってきた。扉は開けっぱなしだったので、俺は座ったまま待機である。


「なにからなにまで悪いな。ありがとう」


 頭を下げてそう言うと、小日向はコクコクと頷いたのち、テーブルに設置されたお皿を見て首を傾げる。


 どうしたんだろうか? なにか自分の料理に気に喰わない点でもあったのか?


『逆』


 コップをテーブルに置いた小日向は、スマホを手に取ってその一文字を俺に見せてくる。そして俺がキョトンとしている間に、彼女はさっとテーブルに置かれたオムライスの位置を交換した。俺の目の前には、『あすか』の文字が書かれたオムライスがやってくる。


「てっきり自分の名前を書いているほうだと思ったんだが」


『私は『ともき』を食べる』


 カニバリズムを感じる物言いだなおい。


「どっちを食べるかは作った小日向に決定権があるから、俺はなにも文句はないけども。どっちも美味しそうだしな」


 苦笑しながらそう言うと、小日向は満足そうにコクコクと頷いた。


『智樹は『あすか』を食べて』


「…………おう」


『明日香を食べて』


「何度も言わんでよろしい! あくまでオムライスだからな!?」


『知ってる』


 こいつ絶対わざとだろう! ニマニマ嬉しそうに笑ってるし!

 くそっ……可愛いなこんちくしょう!

 

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