第186話 男子 ベッド 誘い方



 というわけでやってまいりました小日向家。


 彼女の家に来るのは初めてというわけではないが、まだ慣れない。彼女の部屋に入るのはこれで二度目なのだから仕方ないかもしれないが、小日向と俺の関係を抜きにしても緊張するのは必然だった。


 俺を玄関で出迎えてくれた小日向はウサギの着ぐるみを見につけており、俺に『見てみて』とでも言うように、お尻をこちらに向けてフリフリしていた。丸いしっぽがゆらゆらと左右に揺れる。


「……モコモコしてあったかそうだな」


「…………(コクコク)」


 可愛い。


 本音を言えばお姫様抱っこで自宅に持って帰りたいところだけど、この可愛い小日向を他の人に見られたくはないので、自重。頭を撫でることで気持ちを落ち着けた。

 その後俺は小日向に手を引かれ、リビングにある階段を経由して二階へ。そして三つ扉があるうち、一番階段に近い部屋へと案内された。


「ちゃんと片付けてるな」


「…………(ふすー)」


 カーテンや掛布団のカバー、ラグの色合いはどれもパステルカラーで、柔らかい印象を受ける物が多い。勉強机も本棚も肌色のような薄い木を使っているし、角が丸められているから余計にふわりとした雰囲気に見えるのだろう。


「ここに座っていい?」


 部屋の中心に置かれた小さな白い丸テーブルの傍を指さしながら問いかけると、小日向はぶんぶんと首を横に振る。ダメらしい。


 じゃあどこならいいんだろうかと思っていると、小日向が自らのベッドを指さした。


「あのなぁ……前もそうだったけど、女の子は自分が寝てるベッドを簡単に使わせるもんじゃないぞ?」


『私、智樹の使ってるベッドで寝てる』


「そりゃそうだけどさ」


『私は良くて智樹はダメなの?』


 問い詰め方としてはなんだか一般的なモノと逆な気もするけど、小日向のいうことはもっともなんだよな。俺が変に気にしすぎているだけなんだろう……景一とかに相談したら「今更お前は何を言ってるんだ」とか言われそうだ。


「了解、じゃあこっち座るよ」


「…………(コクコク)」


 満足そうに頷いた小日向は、俺がベッドに近寄るとふわりと掛け布団をめくる。

 ……これはあれだな。小日向の性格を知る前の俺だったら、「布団の上に座られたくないのかもしれない」なんてことを考えていただろうけど、今の俺ならばわかる。座るんじゃなくて『寝ろ』ということなのだろう。


「この布団に寝るべきは小日向だろうが。体調が悪い可能性があるんじゃなかったのか?」


『気のせいだった』


 こ、このウサギさんは……! ふすふすしやがって!


 即答だし、悪びれた様子もない。それどころか早く早くと言いたげにポンポンとベッドを叩いている始末である。可愛い。全てを許した。


「あとで臭いとか言うんじゃないぞ?」


「…………(コクコク)」


 初めて女子の部屋に入って緊張している俺、五分経たずにベッドに連れ込まれた件。いったいどうしてこうなった――まぁ、相手が肉食系な小日向である以上、想定外の出来事が起きるのは想定内である。


 普段と違う触り心地の布団やシーツにどぎまぎしながら、俺は小日向様の言う通りに布団へと入る。さすがに暑かったので上着は脱いでテーブルの上に置き、靴下はベッドわきの床へ。


 小日向が普段使用しているであろう枕に頭を乗せたところで、小日向も布団に入ってきた。うん、これは想定内である。


 同じベッド、同じ布団に潜った俺たちは、お互いに向かい合うように身体を横に向ける。顔と顔の距離は手のひらひとつ分といったところだけど、毎週のように同じ状況を味わっていればさすがに慣れるというものだ。


「やはり来たか。というか、もとはと言えば体調が悪いであろう小日向の看病のつもりだったんだけど、必要ないんだろ? いちおう、コンビニでゼリー飲料とアポカリプスは買って来たけどさ」


『お金払う』


「いらないよ。俺が勝手に買ってきたんだから。それで、今日は何する?」


 そう問いかけると、小日向は『お金払う』の画面をこちらに見せたまま、もう片方の手を唇にあてて考え込む仕草をする。


 以前、冴島と小日向はゲームをして遊ぶこともあったと言っていたから、たぶん家のどこかにゲームも収納されているのだろう。別にゲームをせずに、一日中だらだらと会話するだけでもいいけれど。


 そんな事を考えながら、小日向の思考が終わるのを待っていると、


「…………おぅ」


 とんでもない事件が起こってしまった。


 小日向がこちらに向けているスマートフォン。こちらに画面を向けたままなのだが、どうやら指が液晶に触れてしまったらしく、画面が切り替わっている。


 現在表示されているのはいつものメモ帳ではなく、インターネットのトップ画面。


 さらに運の悪いことに検索する欄をタッチしてしまったらしく、今俺の目の前には彼女の直近の検索履歴が表示されていた。


『女子の家 理想』

『部屋 家族いない 何する』

『キス シチュエーション ロマンチック』

『男子 ベッド 誘い方』


 他にもまだ下にズラリと履歴が表示されていたけど、はっきりと見えてしまったのはその四つ。慌てて目を逸らしたけど……網膜に焼き付いた言葉は消せそうにない。


 ひっそりネットで知恵を取り入れようとする小日向、可愛すぎないか?

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