第185話 再び日常へ



 ホテルを出た俺たちは、行きとほぼ同じ経路をたどって地元へと帰還。月日神社のような観光スポットに寄ることはなかったのだが、それでも四日前に集合した場所に辿り着くころには、夜の七時になっていた。


 新幹線やバスでは、俺と小日向は皆から少し距離をとったところにいたのだけど、それは体裁状仕方なくといった感じで、実際には景一や高田、同じ班の鳴海や黒崎もちょくちょく俺と小日向がいる場所にやってきていた。


 移動中、小日向は俺の隣ですぴすぴと可愛い寝息をたてて寝ていたから、俺としては話し相手がやってきてくれて嬉しい。皆がいる手前、ずっと小日向の寝顔を眺めるわけにもいかないからな。


 それはいいとして。


 俺の肩にもたれかかって寝ている小日向を、景一と鳴海にスマホのカメラで激写されてしまった。


 消してもらおうかとも思ったけれど、そもそも自分から「俺と小日向のツーショット撮って」だなんて恥ずかしくて言えないし、俺のスマホにも送信することを条件に許した。小日向にも後で報告しておくつもりだが、彼女のことだから二つ返事で許可するだろう。


 学校側からの「寄り道せず帰宅すること」という言葉を最後に、桜清学園の修学旅行は大きな事件もなく無事に終了。同行したカメラマンの人がたくさん写真を撮ってくれているらしいから、それも見るのも楽しみである。小日向が映っている写真は可能な限り購入することにしよう。


 サイズにもよるが、安い物は百円ほどで購入できるらしいし、もっとお金を払えば来年用のカレンダーにできたりもするようだ。いい写真があれば、前向きに検討することにしよう。


「明日どうするかは、朝起きた時の体調で決めようか」


「…………(コクコク)」


 景一と駅で別れ、そして冴島を家の付近まで送ったのち、小日向と二人ですっかり暗くなってしまった夜の道を歩く。マフラーと手袋はまだいらないけれど、小日向の手の温もりはちょうどいい。鼻を通るカラッして冷たい空気は心地いいし、最高の時期だなと思う。


 小日向はまだ病み上がりだけど、幸い明日の学校は休みだ。


 修学旅行前に、「旅行の次の日はゲームでもして遊ぼうか」と約束をしていたのだけど、体調が悪かったらそうもいかないだろう。疲れがどっと押し寄せてきて、熱がぶり返す可能性もあるわけだし。


 小日向は空いた手で眠そうに目を擦りながらも、下唇を突き出している。「遊べなかったら嫌だなぁ」って感じだろうか。


「もし体調が悪かったら、たまには俺が小日向の家に行くよ。もちろん、お前の家族が了承すればの話だけどさ」


 俺がそう言うと、小日向は立ち止まってこちらを勢いよく見上げてきた。


「嫌なら別にいい「…………(ぶんぶん!)」――じゃあ、その時は連絡してくれ」


 こりゃ小日向の体調がどうなったとしても、小日向の家に行くことになりそうだな……明日朝一で、菓子折りでも買っておくとしよう。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 やはりというかなんというか、ホテルのベッドももちろん使い心地は悪くなかったのだけれど、普段使っているベッドの寝心地の良さというか安心感というか……ともかく久しぶりの我が家では熟睡することができた。


 昨晩は夜の十一時頃に寝たのだけど、目覚めたのは朝の九時ジャスト。アラームをセットしていなかったとはいえ、随分と眠ってしまったようだ。自分で思っている以上に、身体は疲れを感じていたらしい。


 で、朝起きてからまずスマホのチャットを確認すると、小日向から通知が来ていた。ウサギさん曰く、『体調が悪い可能性があるから来てほしい』とのこと。風邪が再発したとか、身体が重いなんてわけじゃなくて、ただ可能性があるだけらしい。可愛い。


『静香さんとか唯香さんは良いって?』


『うん。昨日言った』


『そっか、じゃあ何時頃に行ったらいい?』


『お母さんもお姉ちゃんも出かけたからいつでも』


『了解。じゃあ昼過ぎ――一時ぐらいにしようか』


『ダメ』


 ダメらしい。もっと早く来いってことか。


 小日向が朝送ってきたチャットの時刻を見ると朝の七時半になっているし、部屋も服装もすでに俺がいつ来ても良い状況に仕上げているのだろう。さすがにパジャマで出向かえられることはあるまい。


『じゃあ十二時?』


『もっと』


『……はいはい、じゃあ洗濯物とか掃除とか、家の用事済ませ次第出るよ』


『許す』


 なんとか許されました。

 静香さんがいつかいっていた『昔は我儘だった』という言葉が身に染みるぜ。とても可愛いから、ぜひともそのままの小日向でいてほしいものだ。

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