第188話 いつでもちゅー可



 翌日金曜日。


 今週はほとんど修学旅行で通常授業がつぶれていたから、まともに学校で勉強するのは久しぶりな感じがする。まだ旅行気分が抜けきっていない生徒が多く、まだ授業に集中し切れていない感じだ。旅行中に仲良くなった人たちもいるようで、いつもと違う組み合わせで話している人たちをちらほらと見かける。


 クラスメイトの高田からもたらされた噂によると、修学旅行中に少なくとも五組はカップルが誕生したらしい。いい機会だったかもしれないが、増えすぎだろ。


 ちなみに修学旅行の写真は来週、学食へ続く渡り廊下に張り出されるらしいから、それまでは待機状態だ。とても楽しみである。

 写真の購入ももちろん楽しみなイベントの一つなのだけど、目下、俺の中で最重要イベントはやはりクリスマスだ。


 いよいよというかようやく、小日向にはっきりと気持ちを伝えるのだから、どういう言葉を掛けようだとか、当日はどのように過ごそうかなどと色々妄想している。もはやそのことを考えていない時間のほうが少ないんじゃないかと思えるぐらいには、十二月二十四日、二十五日のことを考えて続けていた。


 それだけでも頭がパンクしそうだというのに、それよりも前にお互いの誕生日もやってくる。

 小日向の誕生日は十二月十三日の火曜日。俺はその一週間後の十二月二十日だ。未だ俺は小日向にどんなプレゼントをするのか決めていないから、これも早々に決定しておく必要がある。


 とまぁ、修学旅行明けとはいえ、楽しみなイベントが盛りだくさんなのだけど、残念ながら某ウサギさんはウキウキムードではない。

 それもそのはず――本日の授業では、ほとんど十二月初めに行われる期末試験の話をしていたからだ。


「明日香は一人だと絶対に勉強しないだろうから、また勉強会して杉野くんに教えてもらったほうがいいかもねぇ」


「…………(ぷい)」


「我儘言わないの! ほら、杉野くんからも言ってあげて!」


 昼休み。俺たちはいつも通り中庭で四人で昼食をとっていた。

 まだ日の温かさと空気の冷たさが中和してくれているけど、もう少ししたら寒さが勝ってしまいそうだ。中庭で食べることを継続するのならば、そろそろ防寒具を持ってこないといけないだろう。


 冴島から話を振られた俺は、「俺に話を投げるのかよ」というツッコみを堪え、幼馴染から顔を逸らしている小日向に目を向ける。万が一赤点まみれで進級が危うくなったら嫌だし、彼氏候補の俺も他人事じゃないからな。


「勉強、頑張ろうな」


「…………(ぷい)」


 俺も顔を逸らされてしまった。相変わらず小日向の勉強嫌いは筋金入りだなぁ。


「冴島も言ったように、勉強会で教えられるところは俺が教えるからさ」


『一夜漬けで平気』


 小日向はそんな文面を俺に見せながら、下唇を突き出す。そしてまたぷいっと顔を逸らした。


 小日向が勉強したがらないのはわかりきっていたことだ。

 というわけで、期末試験から現実逃避するであろう彼女のために、俺は事前に作戦を立てておいた。と言っても、発案者は景一だから、恨むなら景一を恨んでほしい。


「そっか。俺は冴島や景一たちと勉強会するつもりだったから、小日向が不参加なのは残念だ。真面目に三人で取り組むことにするよ」


 芝居がかったため息を吐きつつ俺がそう言うと、小日向は首を痛めてしまいそうなぐらいの勢いでこちらを向く。目を見開き、「そんなの聞いてない」といった表情だ。


「一夜漬けの小日向は勉強会必要ないんだろ?」


 ちょっと意地悪だけど、いつもやられっぱなしということで許してほしい。小日向が可愛くて若干表情が緩んでしまっているから、思惑はバレているかもしれないが。


「…………(ぶんぶん!)」


「勉強会するのか?」


「…………(コクコ――)」


 頷いている途中で、まんまとこちらの術中に嵌められていることに気付いたのか、小日向はピタリと動きを止める。そして俺をむっとした表情で眺めたあと、スマホをポチポチ。


『智樹の足の間なら集中できそう』


「随分と限定的な場所だなぁ……ちゃんと勉強するか?」


『する』


「……了解。じゃあそれでいいから、きちんと試験対策しような」


『十分に一回頭撫でて』


「はいはい。わかりましたよ小日向様」


 まぁ目の前に頭がある状態で勉強するんだから、それぐらいならば別に手間ってわけでもない。というか、彼女の言われずとも撫でていた可能性も無きにしも非ず。


『五分でも可』


「『可』じゃねぇよ――なにをしれっと要求水増ししてんだ」


『ギュっとするのも可』


「どんどん要求増えていってないですかねぇ?」


『いつでもちゅー可』


 なんだか毎日中華食べてそうな言い方だな……。可愛い。


 小日向はどうやらその文面が気にいったらしく、隣の座る冴島にふすふすしながらスマホの画面を見せていた。冴島は「あはは」と笑ってから景一に耳打ちすると、二人で「毎日中華!」とか「どこでも中華!」とか言って盛り上がっていた。やめて。


 このままやり取りを続けても小日向や景一たちの暴走は止まりそうにないので、俺は「詳しくはまた放課後な」と逃げさせてもらうことに。そして慣れ親しんだ救急車のサイレンをBGMに、のどかな昼休みを過ごしたのだった。

 


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