第189話 イブの過ごし方
親父からの仕送りがあるとはいえ、やはり遊ぶためには金がいる。特にこれからはお金を必要としそうなイベントがたくさん待ち受けているので、俺の中に「修学旅行明けだし休ませてもらおう」などという選択肢は初めから存在しない。
バイトはよくもわるくもいつも通りで、相変わらず常連だけなのだけど、その常連は必ずといっていいほどやってくるという感じだ。俺もここで働き始めて半年を過ぎたので、土日にやってくるお客さんには完全に名前と顔を覚えてもらっている。
まぁそれはいいとして。
掃除や店長の話し相手など、接客以外のことをしている時間が長いため、その時間を利用して俺は誕生日やクリスマスの過ごし方について考えていた。
今年のクリスマスイブとクリスマスはちょうど土日になっているので、店長に可能ならば休みをもらいたいと伝えると、彼女はノータイムで「それは構わないが」と言って腕組みをした。
「じゃあまだ何もするのかも決めていないのか?」
「まぁそうですね。毎年クリスマスは男友達とばっかりだったからどうすればいいのか迷うし、新しい仲間が増えたからといってあいつらを誘わないのも嫌だし――どうしたもんかなぁと」
クリスマスは小日向と二人で過ごすとしても、せっかくイブも休日なのだからみんなでわいわいと遊びたいという気持ちもある。まぁそれはあくまで俺の希望であり、他のみながどう思っているのかはわからないが。
俺の言葉を受けて「ふむ」と呟いた店長は、俺が旅行先で買ってきたお土産のお饅頭を頬張って、咀嚼しつつ思考にふける。
そして、
「もともとここでケーキ買ってくれるって言っていただろ? イブはここに人を呼んでパーティしたらいいじゃないか。杉野たちは広々とした空間で飲み食いできるし、店としては売り上げになる」
そんなことを言い始めた。
「えっと、それはありがたい申し出ですけど、他のお客さんの迷惑になりません? 少ないとはいえ、パーティともなると静かにはできないだろうから、常連さんに申し訳ないですし」
「その日は貸し切りにしてやろう」
「えぇ……そんなの勝手に決めちゃっていいんですか?」
「私が店長だからな! 全ての決定権は我にあり!」
はっはっは! と芝居がかった笑い声をあげる店長。なんの真似をしているのかはわからないけど、たぶん何かしらのアニメのキャラクターの真似をしているのだろう。
その後、料金はひとりあたりどのぐらいになりそうかと話し合っている最中、店長がぼそりと「最高のイブだな……それにアイツらをこのパーティに呼べば旅行の写真も……」と呟いていた気がしたけど、聞き返したら「ナニモイッテナイヨ」と言っていたので、きっと旅行の疲れが抜けきっていない俺の空耳なんだろうな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
月曜日、学校に行ってから小日向や景一、そして冴島に店長からの申し出を伝えると、全員が大賛成といった様子で俺は褒められることになった。悪い気はしないけど、俺はただ店長の好意に甘えただけだし、あの店長は別に何か目的があるような気がしなくもない。
ちなみに参加費は二千五百円ということで、あの店の価格帯から考えると激安仕様である。その代わりといってはなんだけど、店長の知り合いも数人呼ぶことを了承してほしいと言われた。
そりゃ学生だけでなく店長にとってもクリスマスであることには変わりはないんだし、俺たちだけ楽しむのも申し訳ない。俺はそのことを伝えたうえで景一たちにこの話を持ちかけている。
「毎年不知火くんとか御門くんと過ごしてたんでしょ? 二人も呼ぶ?」
「んー、野乃とか小日向が別にいいって言うなら声を掛けたいけど、平気なの?」
俺たちにとって優と薫は今も昔も親友だけれど、女性陣にとってはエメパと花火大会の時に顔を合わせただけだからなぁ。彼女たちが気乗りしないのであれば優たちと遊ぶのは別の日にずらそうとも考えたが、小日向も冴島も全く問題なさそうだった。
「了解。じゃあ二人には俺たちから声を掛けておくよ」
ということで、俺たちのクリスマスイブの過ごし方が確定した。
あとはクリスマスを小日向とどう過ごすかという最大の問題が残っているわけだけど、いちおうバイト中に一つ思いついたことがある。
まだ他に良い案が無いかと精査しているところだからまだ小日向には伝えていないが、俺としては女子と二人で過ごすならいいんじゃないかと思うし、小日向の要求である『ロマンチック』というシチュエーションにも引っかかっているのではと考えている。
ありきたりではあるけれど、イルミネーションを見よう――って感じだ。
毎年さつきエメラルドパークでは、木々や建物、展示物などに大規模なイルミネーションが施されている。実際にこの目で見たことはないけれど、スマホで検索すれば綺麗な写真がいくつも見つかった。
さらに、エメパ内にある展望台――【さつきタワー】から下を見下ろすと、夜景やイルミネーションがただ綺麗なだけではなく、地上絵のように絵や文字が浮かび上がるらしい。毎年その内容は変わるらしいから、当日のお楽しみ要素となっているようだ。
社会人ともなれば、お高いレストランで――とかそんなことになるのだろうけど、こちらのほうが学生の身の丈に合っている。そして小日向も、シックな雰囲気より、こういうキラキラしたものの方が好きだと思うのだ。
なんにせよ、この話をするのは試験明けにしておかないとな。
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