第190話 コッチニオイデ
クリスマスの予定は少しずつ固まってきているとはいえ、目下やるべきことは試験対策である。主に小日向の。
本日月曜日の放課後からほぼ毎日俺の家に集合し、そこで試験勉強をやっていくのだけど、景一と冴島はセットで動いている感じなので、どちらかが用事で来られない場合は俺と小日向の二人で勉強するということになった。
冴島も景一も、パートナーがいないのなら――という雰囲気ではなく、ただ単に俺と小日向を二人きりにさせてあげようという魂胆が透けて見える。勉強するだけだろうからそこまで気にしなくともいいんだけどな。
「お邪魔しまーす!」
「ただいまー!」
玄関扉をくぐるなり、元気のよい挨拶をかましてくれる桜清学園ナンバーワンの仲良しカップル。いつものことだが俺はツッコまんぞ景一。
「好きなところに座っててくれ。飲み物は麦茶でいい?」
「ありがとー! オッケーだよー!」
「なんでもいいぜー!」
二人は迷いなく了承の返事をして、二人は「こたついいなぁ」だの「実家のような安心感」だの言いながら腰を下ろす。なんとなく、自分の住む家がリラックスできる空間だと思ってくれているのは嬉しいな。
ただ、残りの一名に関しては、リラックスを通り越してむしろ張り切ってしまっているのだけど。
「…………(ふすー)」
「コップ落とさないようにな」
キッチンに辿り着くと、俺の隣で小日向はいそいそと棚から四人分のコップを取りだして、トレーの上に並べはじめた。俺から特に何かしてほしいと言ったわけではないから、景一たちに「この家では自分の方が常連だぞ」とアピールしているのかもしれない。だって君、普段は真っ先に俺の部屋に行って布団でごろごろしてるじゃないか。
「小日向も麦茶でいいか?」
「…………(コクコク)」
「了解、運ぶのもやる?」
まぁやるだろうな。と思いながら聞いてみたけれど、予想通り小日向は親指をニョキっと立てて鼻息をふすー。床に放置されている小日向の通学バッグは俺が運ぶことにしよう。
コップに七分目ぐらいお茶を注ぎ小日向にゴーサインを出すと、彼女は両手で慎重にトレーを持ちリビングへ向かった。大丈夫だとは思うけれど、やはり心配になって彼女の背に視線が吸い寄せられてしまう。もしこけたら泣いちゃうだろうか。
「おー、小日向が用意してくれたのか。すっかり智樹の家に馴染んでるなぁ」
「うんうん! なんだか同棲してるみたい!」
「…………(ふすっ、ふすっ、ふすー)」
「景一も冴島もからかうなよ……小日向が動揺してお茶をぶちまけても知らないからな」
動揺というか単純に嬉しそうなんだけども。それを俺が言うと恥ずかしいので濁させていただいた。本当に小日向は、表情が戻ってから喜怒哀楽がはっきりしてるなぁ。可愛い。
「はいありがとさん。トレーは俺が戻しておくから、小日向も座ってな」
コップをテーブルの上に置き終えた小日向は、俺からバッグを受け取ると流れるように頭突きをかます。はいはいよくできました。
カップルというより娘っぽいぞ――などというと小日向に怒られてしまいそうだから、この感想は胸にしまっておくことにしよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「じゃあ最初に試験範囲の確認からしていこうか。っていっても、授業中にその辺は先生たちが話してくれているから、まぁ再確認って感じだな」
お茶で喉を潤しながら十分ほど談笑したのち、さっそく俺たちは勉強を開始することに。なんとかして雑談を長引かせようとしていた小日向は、しぶしぶと言った様子でバッグからプリントを取りだすと、俺の足の間にお尻をセット。俺は少しあぐらを緩めて小日向を迎え入れた。
「こらこら……俺の腕はシートベルトじゃないんだぞ。手を使えなくなるだろうが」
「…………」
「唇尖らせてもダメです」
「…………」
「はいはい、スリスリしていいからちゃんと勉強しような」
「…………(コクリ)」
などと、目の前に景一や冴島がいるということは理解しているけど、だからといって俺は小日向に対する普段の態度を変えることができなかったので、結局いつも通りの感じでやり取りをしてしまった。反省はしておりません。
こたつを挟んだ向かい側にいる男は苦笑しており、女のほうはきらきらと目を輝かせている。
「ねぇねぇ景一くん。私も足の間挟まってみてもいい?」
「えぇ!? 野乃、マジで言ってるの?」
「マジマジ」
「ははは……それはちょっと恥ずかしいから勘弁してください」
おぉ、珍しく景一がたじたじになっている。ウケる。
イケメン野郎は俺と小日向にちらりと目を向けたり、まったく何もない天井を見上げたりと視線が右往左往している。時折俺にジト目を向けるのは、きっと「お前のせいだぞ」とでも訴えかけているつもりなのだろう。
だが俺は満面の笑顔を景一に向けつつ、小日向の頭を撫でることにした。
さぁ景一、お前もコッチニオイデ……。
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