第34話 てるてる坊主
しばらくのあいだ俺の胸に頭をぐりぐりと擦りつけ続けた小日向は、気持ちが落ち着いたのか、静かにその動きを止めた。しかし、
「…………小日向?」
動きを止めたのはいいのだけど、小日向は顔を見られたくないのか、ほぼ俺の胸に密着しているような距離で停止している。というか鼻先は今もくっついている。
顔を隠したいなら自分の手で隠すなり、後ろを向くなりすればいいのに……。あぁ、後ろには景一たちがいるからダメなのか。
傍から見れば抱き着いているように見える距離感――しかし俺たちは互いに棒立ちだ。手は相手の背中に回していないし、接触面も小日向の鼻と俺の胸、あとはお互いの制服が僅かに擦れ合っている程度である。
俺が一歩足を後ろに引けばこの状況を簡単に打開することはできるのだけど、小日向が満足するのならしばらくはこのままでいいんじゃないかと俺は思った。
恥ずかしさと緊張で心拍数の限界が近い気もするけど、もう少しぐらい頑張ってみようか。
「二人とも今日は暇か? 良かったら俺の家でてるてる坊主つくろうぜ」
苦笑しながら、俺は景一と冴島に言う。高二男子が口にする遊びの誘い文句としては珍しいだろうが、同級生の二人はそれを快く了承してくれた。冴島にいたっては「帰りに材料を買いに行こう!」などと張り切ってくれていた。ティッシュと糸でいいんじゃないのか。
「というわけで、俺は帰りますね」
そう言って、俺は生徒会の二人がいるほうへ身体を向けた。ちなみに小日向は俺の動きに合わせてちょこちょこと移動し、鼻ツンポジションをキープしている。可愛い。
いつのまにか生徒会長――斑鳩会長は俺が最初に生徒会室に入ってきたときのような、口元を隠して腕を組んだポーズをしており、キリッとした表情を浮かべていた。そして彼女は俺を見て鷹揚に頷いたのち、白木先輩に目を向けた。
「後は頼んだぞ白木副会長――私は先にイく」
そう言い終えると、斑鳩会長――いや、KCC会長はパタリと動力を失ったロボットのようにデスクにうつ伏せになってしまった。
つぅ、と現在進行形で殺人現場のようにデスクに血が流れているのだけど、俺は慌てるべきなのか呆れるべきなのか。どうせ小日向の可愛さに当てられて鼻血を噴き出しただけだろうし。
「請け負いました会長……では杉野智樹くん。後は頼みましたよ。私もイきます」
そう言って白木会長は、糸の切れた操り人形のごとく地面に崩れ落ちる。
「いや全く請け負えてなくね!? 本当にどうしようもないなこのド変態どもはっ!」
この学校の生徒会、本当に腐ってんな!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
幸い、生徒会室の近くに保健室が位置していたため、俺たちはそこで居眠りをしていた養護教諭を叩き起こして一緒に生徒会長と副会長を保健室に運び入れた。どんなしょうもない理由でも、出血していることはたしかだしな。
俺は今回の件で振り回された腹いせに、二人が寝ている枕元に『貸しひとつです』というメモを残して帰った。二人で一つではなく、それぞれに一つずつだ。
ちなみに居眠り養護教諭が小日向をチラッと見て「あぁ、いつものやつか」とため息を吐いていたことから、彼女たちが保健室の常連であることが窺える。
小日向が可愛くなればなるほど被害が増えるというのならば、小日向の表情が完全復活したらいったいどうなってしまうのやら。
「てるてる坊主って先に顔を描いたらダメらしいぞ」
生徒会での騒動を終えてから、場所は変わって俺の家。
帰り道に購入した安物の白い布を使って、俺たちはせっせとてるてる坊主づくりに励んでいた。以前四人で遊んだ時のようにこたつを囲んでいるのだけど、ゲームをするわけでもないのに俺は小日向の隣に座っていた。
だっていまさら場所を変えたら避けてるみたいに思われそうだし。
たぶん、小日向も俺と同じような気持ちなのだろうと思うのだけど……なんだか帰宅中からやけに小日向が冷たい気がするんだよなぁ。そっけないというか、ツンとしているというか。生徒会での出来事が原因だよな、やっぱり。
「え!? 顔描いちゃだめなの!? なんか可愛くないね……」
景一が放った言葉によって、すでに形を作り終えて顔を書こうとしていた冴島の手が止まる。のっぺらぼうだからそう思うのだろうけど、俺は冴島の意見には同意しかねる。
「別に、表情がわかんなくたっていいだろ。てるてる坊主ってシルエットだけでも十分可愛いくないか?」
ちっちゃくて、コロコロしてる感じが。
――なんだかてるてる坊主って小日向みたいだな。表情はあまりないけど、可愛いところとか。表情を描き足したら、さらに可愛くなりそうなところとか。
「小日向のも可愛くできていると思うぞ」
俺のとなりで皆と一緒にてるてる坊主を作っていた小日向は、表情を書けないことが不満だったのか、若干口をとがらせている気がする。そして俺が声を掛けたのに反応して、彼女はツンと視線と顔を斜め上に逸らした。
クラスメイトへの頭ぐりぐりがよほど恥ずかしかったのだろう。だけど俺も恥ずかしかったんだから、そこまであからさまに避けなくてもいいじゃないか。
まぁ時間が経てば元に戻るか――と、微笑ましい気持ちで彼女の後ろ頭を眺めていると、冴島が「なるほど!」と手の平に拳を落とした。そして、
「明日香もあまり感情が表に出ないけど、可愛いもんね! 杉野くんの言いたいことがわかったよ!」
などという、とんでもない発言をしてしまった。
それはわかっても心にしまっておいてくれよ! と俺が心の中で叫んでいると、ニヤニヤ顔の景一が冴島に続いて発言する。
「青春だなぁ智樹」
「うるせぇ! 俺はてるてる坊主の話をしてんだよ!」
と、俺は弁明の言葉を叫ぶが、その効果むなしく小日向の耳はみるみるうちに赤くなっていく。耳が熟れたトマトぐらいに染まったころ、小日向はこちらにぐいっと身体を向けた。視線を合わせることはまだできないのか、彼女は俺の腹あたりを見ているのだけど。
そして小日向は、ふすーと鼻から息を強く吐いてから、
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちペちぺちぺちぺちぺちぺちぺち。
そんな風に何度も何度も、俺の肩をその小さな手で叩くのだった。
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