第35話 もう手遅れだよ!



 俺の中で生徒会という集団の危険度が上昇した翌日の昼休み。


 景一による特定食のおごりはひとつ残しているが、俺は中庭で昼食をとることを選択した。もはやなぜ景一に奢って貰うことになっていたかも覚えていないし、わざわざてるてる坊主まで作って晴れを願ったんだ――中庭以外ありえないだろう。


 四限目が終わるなり、バッグを肩に掛けた小日向が俺の席までやってきて「早く行こう」と言いたげに鼻をふすふすと鳴らしている。昨日一緒に食べなかった反動だろうか? 可愛い。


「そうだな、場所取りしなきゃな」


 休日に早くお出かけしたい子供が親に催促しているみたいだ――と苦笑しながら立ち上がると、胸にぽすっという衝撃。視線を下に向けると、そこでは見たことのある後頭部が動きまわっていた。


「…………教室では止めたほうがいいんじゃないかなぁ」


 ぐりぐりぐりぐりと、小日向は周囲の目を気にすることなく俺の胸に頭突きを開始したのだ。

 可愛いし、気を許してくれているようで嬉しい。俺も雰囲気に流されて彼女の頭をなでてしまいたいが、クラスメイトのほぼ全員から向けられる「あらあらまぁ」という微笑ましそうな視線がそれを阻止する。


 景一はすでに昨日間近で見ているからか、「もうちょっと強くやっちゃえ」などと言って小日向に加勢していた。俺がお前の顔面に頭突きしてやろうか?


「……気のすむまでやってくれ。頭ぼさぼさになったらちゃんとなおすんだぞ?」


 俺がそう言うと、小日向は頭突きを継続しながらも首を縦に振る。器用だな。


 小日向が父親に行っていたという行動を避けるのも申し訳なくて、俺はクラスメイトに向けられている生温かな視線を気にしないことにした。

 この状況での弁明がいかに無駄な行動なのか、客観的に見ればすぐにわかるし。視線に悪い感情が籠ってないことぐらい、これまでの経験からわかるしな。


 このクラスになってからまだひと月も経っていないというのに……いったいこれからどうなってしまうのやら……やれやれ。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 昼休みは太陽が照らす中庭で、普段と変わらない和やかなムードで過ごすことができた。てるてる坊主のおかげ――と言いたいところだが、昨日の時点で降水確率ゼロパーセントだったからなぁ。なんとも。


 中庭に向かっているとき、そして昼食を終えて教室に帰るとき――見知らぬ三年生の女子がすれ違いざまに、俺だけ見えるような形で親指を立てていたけど……絶対あいつらは『小日向たんちゅきちゅきクラブ』の会員だと思う。鼻にティッシュ詰めていたし。


 ちなみに昼食中、保健室に担がれていく女子生徒二人を俺たちは見た。その二人は昨日話した変態たちに、よく似ていた気がする。



 放課後、教室に三人を待たせた状態で俺は学食の掃除をしていた。

 明日から連休に入るから、学食に廃棄が多く出るため俺の出番というわけだ。そして連休の予定を立てるために、この後俺の家に集まることが昼休みに決定している。


「ほい、今日はハンバーグとポテトとサラダね。エビ天の切れ端も入れてるよ。お疲れさま」


 そう言いながら、学食の調理師兼、俺の叔母である朱音さんがビニール袋に入った食事を手渡してくる。朱音さんはまだ仕事が残っているのだろうけど、「ちょっと休憩」といいつつ受け渡しカウンターの前にある椅子に腰を下ろした。


「智樹くん最近小日向ちゃんと仲良いんだって?」


 唐突に、朱音さんがそんなことを話し始める。


「いったいどこから――まぁ生徒たちからでしょうけど」


 この人は良くも悪くも人との距離が近い。というか俺と関わりのある年上の女性って、朱音さん、静香さん、店長といい、なんとなくキャラが似ているな。


「というか、生徒の名前覚えているんですね、朱音さん」


「いーやー、ほとんど覚えていないけど、小日向ちゃんは有名だしちっちゃくて目立つから知っているだけ」


「あー……なるほど、それでですか。小日向は俺と同じクラスですし、一年の終わりに自販機の前で女子と話したって言ったじゃないですか? あれが小日向なんですよ。それからだらだらと仲良くなってきてるって感じですかね」


「おぉ! 運命的だっ!」


「…………運命かどうかは知りませんが、あそこで500円を俺が拾わなかったら今の関係にはなっていないでしょうね」


 運命なんてキラキラした言葉を使っていいのかはわからないけど、あの一件が小日向や冴島と俺を繋いだことは事実だ。喧嘩らしいものもあったけど、いまでは中庭で食事をしたり、休日に遊んだり、家でゲームをしたりする関係である。友人といって差し支えないだろう。


 本当にひと月で色々あったよな。


 俺の言葉を聞いた朱音さんは、ふんふんと興味津々な様子で頷いている。

 朱音さん、恋バナとか好きそうだもんなぁ……残念ながら俺と小日向はそういうのではなく、どちらかというと父娘の関係だけど。

 きっと小日向も、それを望んでいるだろうし、俺も不満はない――はず。


「じゃ、俺はこれで」


 景一たちを待たせているし、そろそろお暇させてもらおうと思いそう発言したのだが、朱音さんが真面目な顔つきになって「智樹くん」と俺の名を呼んだ。


「もし本気で、小日向ちゃんに関わりたいと思っているなら、忠告しておくよ」


 いつものヘラヘラした顔ではなく、真剣な表情で朱音さんが言う。

 その雰囲気に気圧されて、俺は思わず生唾を飲んだ。忠告……いったいなんだろうか? まさか、実は小日向には彼氏がいたり……? いやいや! そんなこと本人からも仲の良い冴島からも聞いたことないぞ!


 急に変化した場の空気に身を固めていると、朱音さんは息を大きく吸ってから口を開いた。そして、


「生徒会には、極力関わらないように」


 重苦しい口調で、そんなことを言うのだった。


「遅ぇよっ! もう手遅れだよっ!」




 ~第一章 小日向さんは頭突きする 了~




――作者あとがき――


 これにて一章終わり!

 次の章はゴールデンウィークに色々あそんだり、定期試験があって勉強会したりします。

 そして小日向ちゃんとのお泊まりがあったりするかも……?


 むずむず、ふすー!


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