第二章 杉野智樹は自覚する

第36話 予定をたてよう



 時刻は夕方の五時半。明日から始まる連休の予定を立てるために、最近ともに時間を過ごすことの多い三人が俺の住むマンションへとやってきた。


 一人は唐草景一からくさけいいち


 幼少期からの友人で、文武両道のイケメンハイスペック男子。その生まれ持った武器を磨き上げ、今では読者モデルまでやっているような美男である。滅びろ。

 小学校の頃はよく女子に言い負かされて泣きべそをかいていたというのに、今では俺のトラウマ解消の為に奮闘しており、俺が助けられている立場である。彼女を作るのは面倒らしい。


 で、次に冴島野乃さえじまのの


 一息で説明するのならば、正義で武装した猪突猛進系女子――といったところか。

ほんのり茶色がかったミディアムヘアで、天真爛漫な印象を受ける小日向の友人。

 彼女は昔から小日向と親しかったらしく、ただ小日向を愛でるだけではなく、対等に友人をやっているという印象を受ける。まぁそれでも、庇護の対象ではあるのだろうけど。

 冴島は一時期俺と険悪だったけど、勘違いが原因だったし、いまでは仲良くやっている。


 最後に小日向明日香こひなたあすか


 身長百四十センチほどの小さくて無口なクラスメイトだ。

 色素の薄いショートボブの髪の毛で、身体は細く、色々なパーツが身体に合わせて小さい。小動物チックなコロコロとした動きで周囲を魅了し、表情がないにも関わらずファンの多い女の子だ。一部KCC生徒変態は鼻血を吹き出して保健室に運ばれているぐらいである。

 良く喋る女子がトラウマの俺としては、全く喋ることのない小日向の存在には本当に助けられていた。


 ……しかし、女子と休日に遊ぶ計画を立てるなんて、一ヶ月前の俺には全く想像できなかったなぁ。


「んー、みんなちょこちょこ予定が入っているみたいだし、集まれる日は案外少なそうだな」


 いつもどおりのポジションでリビングのこたつに入り、俺たちはお互いに空いている日を申告しあった。景一はそれをノートにテキパキとまとめて、簡単な表のような物を作り上げている。

 俺や景一はバイトがあるし、小日向と冴島は家の用事があったりして遊べない日が何日かあるからなぁ。


「四月三十日の土曜日と、五月五日の木曜日なら全員予定なしだ」


 ぽんぽんとペン先でノートを叩きながら、景一が言う。


「二日間か……まぁ、ちょうどいいぐらいじゃないか? ただでさえ最近よく集まっているんだし、朝から夜まで毎日のように遊んだらお金がもたないだろ」


 俺がそう言うと、冴島が気まずそうに頬を掻きながら「そうなんだよねぇ」と呟いた。


「遊びたいのはやまやまなんだけど、遊園地とかお金かかっちゃいそうなのは難しいかも。親に土下座したらなんとかなるかもしれないけど――」


 俺の隣にちょこんと行儀よく座っている小日向も、冴島の発言に同意するように首を上下に振っている。土下座はしなくていいからな?


「そこまでするなよ……俺の家でゲームするならタダだぞ」


「そうそう。それにいざとなったら、バイトしている俺たちが女子の分だすからさ」


 景一がそうやって俺を巻き込みながらの提案をする。まぁ毎回ってわけじゃないし、一人分――数千円程度なら別にいいけど、それは正義女子の冴島が許さないだろう。


「そこまでしなくていいよ! 遊ぶお金は自分で出す!」


「ははっ、冴島ならそう言うと思ったよ」


 身を乗り出して反応した冴島を見て、景一がヘラヘラと笑う。なんだ、断られるとわかっての提案だったのか。

 というか、本当に仲良くなったなこの二人。あれか? 苦手克服会議とやらのせいか?

 二人がわーわーと仲睦まじく言い合っているのを真ん中で見ている身としては、中々に疎外感があるものだ。

 同じ立ち位置にいる小日向にちらっと視線を向けてみると、ちょうど彼女は俺の太ももあたりを指でつつこうとしているところだった。なにやってんだ。


「…………」


 小日向はやや俯いて俺の足元に目を向けているので、俺の視線には気付いてない。

 なんとなく気まずかったんだろうなぁ、もしくは暇だったのか――などと思いつつ、彼女の細い人差し指が俺の身体に接触するのを待つ。つつかれた後に「どうした?」と問いかける予定だ。


 ややプルプルと震えている人差し指が俺に触れるか否かのところで、小日向がチラッと俺の目を見た。そして、俺が見ていることに気付き、瞼を普段より高く持ち上げる。


「…………(ぶんぶん!)」


 小日向は「何もしてませんよ!」と言いたげに必死に首を横に振り始めた。手は驚きのスピードで引っ込めている。いたずらがバレた子供かよ。


「つつこうとしてたろ?」


 ぶんぶん!


「バレバレだぞ?」


 ぶんぶん!


 そんな風に小日向が必死に否定するものだから、俺は思わず笑ってしまった。だって可愛すぎだろこの女子。これで「保護欲感じるな」とか言われても無理があるぞ。


 俺が笑ったことが不満だったのか、小日向は少し不機嫌そうに唇を少し突き出していた。わかりやすいものではないが、今の彼女の顔を無表情とはいえないだろう。俺が苦手を克服しつつあるように、彼女の表情にも改善の兆しがあるのかもしれない。


 ぺちぺちと俺の太ももを叩いて抗議をし始めた小日向に「悪かったって」と笑いながら言っていると、


「ご飯三杯はいけそうですなぁ、唐草さんや」


「そうですなぁ、冴島さんや」


 ニヤニヤとした二人が、謎の老人口調でそんなことを言ってくる。


 もちろん否定はした。否定はしたが……俺自身、景一たちを無視して二人の世界に入っていた自覚はあるので、強くは言えなかった。

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