第33話 小日向さんは頭突きする



「――小日向?」


 生徒会室へ突如乱入してきた小日向は、零れそうになっている涙を堪えるように小さな手をギュッと強く握りしめている。そして鋭い視線を生徒会の二人へと向けていた。


 で、自らが崇める神から睨まれている変態二人はというと、哀れに思えるほどにうろたえてしまっている。オロオロと視線を部屋中に彷徨わせたり――挙動不審に身体を意味なく動かしたりしていた。

 だがしかし、時折幸せそうにへにゃりと相好を崩していたりする。実に変態的だ。


 おおかた小日向を間近で見ることができて嬉しいのだろうけど、睨まられてるんだぞあんたたち。


「…………花粉症?」


 続いて部屋へ入室してきた冴島が、生徒会の二人を見て首を傾げている。二人とも鼻にティッシュを詰めているし、当然の反応だな。


 景一は状況が飲み込めないのか、部屋の様子を見て顔を引きつらせるだけだった。秀才と噂の生徒会長と副会長がマヌケな姿をさらしているのだから仕方のないことかもしれない。


 というか、まさか三人が生徒会室に突撃してくるとはな……まぁ、ちょうどいいか。そろそろ帰らせてもらおうと思っていたところだったし。


 俺は、なぜか涙目になって生徒会の二人を睨んでいる小日向の肩をぽんと叩き、彼女だけに聞こえるような小声で諭すように言った。


「小日向、お前はこれ以上関わらないほうがいい。悪影響しかないぞ」


 この『小日向たんちゅきちゅきクラブ』というやばい集団の存在を、小日向は知るべきではないだろう。彼女はこの悪の巣窟――生徒会室へ訪れるのはこれっきりにしたほうがいい。

 相手が女子だからまだいいけど、一歩間違えればストーカーと変わらないしな。景一たちにも相談して、俺たちでこのアホ共を食い止めなければいけない。


 そんなことを考えながら小日向に言葉を掛けたのだが、なぜか彼女は勢いよくこちらを向くと、ぽろぽろと勢いよく涙を流し始めてしまった。


 あまりいつもの表情と変わらないのだけど、それでも悲しみの感情が宿っているのはわかる。下唇を噛みしめて、何かを訴えるようにジッと俺の目を見ていた。


「ど、どうした小日向!? なんで泣いてるんだっ!?」


 のちに思い返せば、この時の俺が彼女に言った言葉には、肝心な言葉が欠けていたのだと思う。俺はKCC――『生徒会』に関わらないほうが良いと言ったのであって、『俺』に関わるなと言ったわけではない。しかし彼女には、後者のように聞こえてしまったらしい。


 俺はその事実にこの動揺している状況で気づくこともできず、ただオロオロと周囲を見渡して助けを求めることしかできなかった。


 どうすればいいどうすればいいどうすればいい!? 生徒会の二人は茫然としていて鼻に詰めたティッシュを徐々に赤く染めている最中だし、冴島と景一も俺と同じように動揺しているし! 助けてくれそうな人物がこの場にいないじゃないか!


 自分でこの状況をどうにかするしかない――そう思ってひとまず間近にいる小日向に目を向けると……目を向けると――?


「へ?」


 なぜかこちらに近づいて来る彼女の後頭部が目に入った。色素が薄く、思わず指で梳きたくなってしまうような滑らかな髪の毛が俺の目の前にある。


 そして、胸に軽い衝撃が伝わってきた。トン――と、痛くもなく、かゆくもなく、ただ小日向の重みを感じるだけのような……そんな衝撃。


 …………え? なんだこれ? 頭突き?


 戸惑う俺をよそに、小日向は俺の胸に頭を付けた状態で、今度はぐりぐりと頭をこすりつけ始めた。なんだか猫が自分の臭いを擦り付けているようで、いつも以上に小動物っぽい動きだった。


 ――って、なぜ俺はクラスメイトの後頭部を冷静に観察してるんだ!


「あ、あの~、小日向さん? 何をされていらっしゃるので?」


 ぐりぐりと未だに頭をこすりつけている小日向に問う。

 俺の目線からは彼女の後頭部しか見ることができず、彼女がいったいどんな表情をしているのかわからない。しかし直前にみた彼女の涙を思い出すと、行動を阻害する気にはなれなかった。


 しかしこの行動にいったい何の意味が? 小日向はいったい何がしたいんだ?

 そんな疑問を頭に思い浮かべていると、冴島が「わぁ」となぜかこの場にそぐわぬ嬉しそうな声を上げて、


「明日香がパパさんによくしてたやつだ!」


――と、言葉を続けた。

 パパさんによくしてた――それってもしかして、静香さんが前に言っていたやつか! 小日向の甘えん坊エピソードとして、たしかそんな話をしていた気がする!


 ということは、今の彼女は俺に甘えているということになるんだが……なぜ?

 ぐりぐりと未だに頭突きを継続している小日向の後頭部を見ながら首を傾げていると、景一がこちらに近づいてきた。


「なんかめちゃくちゃな状況だけど、結局どうなってんの? 生徒会の人たちは智樹になんの用事があったわけ?」


 景一は、やや困惑したような表情で俺に問いかけてくる。

 用事――用事かぁ……。


 言ってしまえば、今回俺が生徒会――KCCに呼び出しを受けたのは『小日向とこれからも一緒にいてくれ』っていう要請が理由なのだけど、俺はそういう願いを聞くつもりはない。

 静香さんにも言ったが、俺は誰かに頼まれたからではなく、自らの意思で小日向と仲良くなりたいと思っているからだ。


「簡単に言うなら、向こうからの謝罪だよ。変な視線を向けて悪かったって。俺たちが仲良さそうにしているのが微笑ましかったんだと」


 と、小日向がいる手前、本当のことを話すわけにもいかず、適当な嘘を織り交ぜつつ景一に説明する。すると、景一は「そりゃよかった」と少し納得していなさそうな表情で答えた。こいつには後から真実を伝えないとな。


 そして俺の胸に頭をこすりつけていた小日向はというと、俺の言葉を聞いてからぐいっと勢いよく顔を上げた。

 真っ赤に充血した――潤んだ瞳で俺を見る。まるで「本当に?」と言っていそうな表情だ。俺は小日向のおかげでエスパーに目覚めたかもしれない。


「本当だって。明日からまた中庭で昼飯だな。晴れるように、一緒にてるてる坊主でも作るか?」


 俺が冗談めかしてそんな事を言うと、小日向は勢いよくコクコクと首を何度も縦に振る。それから再び、彼女は俺の胸にボスッと頭突きをして頭をこすりつけ始めた。


 ぐりぐりぐりぐりと。


 

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