第32話 小日向さん乱入の経緯



~景一side~



「じゃ、行ってくるよ。あまりにも戻ってくるのが遅かったら、俺に気を遣わず先に帰っていいからな」


 そんな風に智樹は軽い口調で言って教室を出て行く。

 俺たち三人はそれぞれ「智樹こそ俺たちを忘れて帰るなよ」とか「頑張ってね!」とか、首を横にふったりして返事をした。


 一見すると智樹は平常心に見えるけど、強がっているのは長年付き合っている俺には丸わかりである。どうせ「心配かけないように」なんて思っているんだろうが、無駄な芝居だ。


 喋らない小日向のことは平気なようだし、冴島は気を遣ってくれているから大丈夫なんだろうが、女子ばかりの生徒会は智樹にはきついだろうな。



 智樹が教室を出てから、だいたい二十分が経過した。


「……遅いな」


 まだクラスメイトはちらほらと教室に残っているが、大半の生徒は部活に行くなり家に帰るなりして既にいなくなっていた。窓の外からは部活に精を出している学生たちの声が聞こえてくる。


「でも、本当になんで生徒会が杉野くんを呼び出したんだろうね」


 冴島が難題にぶつかったような――そして困ったような顔で言う。俺だってわかんねぇよ。可能性としては小日向関係が有力だろうが、それが智樹の噂と関係しているのか、それとも無関係なのか――判断するのは難しい。


「様子、見に行ってみるか?」


 ある程度時間も経ったし、教室にいても落ち着かないので、俺は二人にそんな提案をしてみる。

 この二階の教室から一階の生徒会室に行くまでの経路は限られているし、すれ違いになることはまずないだろう。


「…………(コクコク)」


 俺の言葉に対し、ずっと顔を俯かせていた小日向が顔を上げて頷いた。無表情ながら、いつもより雰囲気が暗く感じる。きっと彼女も智樹のことが心配なのだろう。


 この一ヶ月で――智樹の中で女性との関係に大きな変化が起きた。


 そして智樹がそうであったように、小日向にとっても人間関係が変化した一ヶ月だったのだろう。もちろん、その相手は俺の親友だ。


「そうだね、行こうよ! 生徒会の人たちがもし杉野くんをいじめているようなら、私たちで助けないと!」


 冴島は拳を握って、正義を口にする。


 善意で振りかざす正義の刃はたしかに恐ろしいが、俺がしっかり冴島の手綱を握ってやれば問題になることはないだろう。智樹の時みたいに暴走されたら困りものだからな。


 ――やれやれ、本当に世話の焼ける女子だよな、冴島は。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 小日向を挟むような形で、三人並んで生徒会室を目指す。

 俺を含め全員緊張しているのか、会話はない。一名はもとから話さないだけなのだが。


 近くまで来たところで、冴島が緊張の限界に達したらしく、不安げな声で言った。


「嘘の噂に対しての誤解だったなら、あたしたちも協力して説明すればいい。明日香と一緒に行動するのが気に入らないっていうなら、あたしたちも生徒会と戦う」


 冴島はそこでいったん話を区切り、一度呼吸を整えてからこちらを向く。


「だけどもし……もしもだよ? 杉野くんが生徒会の人に『明日香と一緒にいると、彼女に迷惑だ』なんて言われた方をしたとしたら、身を引いちゃわないかな? ほら、杉野くんってあたしたちによく気を遣うから……」


 彼女の声は徐々に小さくなっていき、最後のほうはかすれたようなモノだった。


 言いたいことはわかるし、俺も当然その可能性は考えた。たしか生徒会長と副会長は秀才と噂だし、頭が回るのであればそういう誘導の仕方も考えるだろう。まぁ、学力とそういう知恵は別物かもしれないが。


「あー……そういう憶測は軽々しく口にするもんじゃねぇぞ」


 だけど俺がその可能性を話さなかったのは、この場にいる約一名に対して大きなダメージを与えてしまいそうだったからだ。


 そして俺の予想通り、小日向はテクテクと生徒会室を目指していた足を止めて、顔を俯かせてしまった。小さな手でスカートをギュッと握りしめている。彼女の中で何かしらの感情が抑えきれなくなってしまったのだろう。


 それに気づいた冴島が、慌てた様子で小日向の側に駆け寄る。腰をかがめ、彼女の視線に合わせた位置で「だ、大丈夫だよ!」と全然安心できないような口調で言った。何をやってんだか。


「きっと杉野くんは、何か別の要件で呼び出されているんだよ! 生徒会室に近づいたら、案外笑い声が聞こえてくるかもしれないよ?」


 小日向の手をとって、冴島は明るい声で話しかける。


 笑い声が聞こえてくるパターンは、生徒会役員が女子であることを考えると難しいだろうなぁ。だけど、小日向は視線を足元に向けたままだが小さく頷いているし、良かったといえば良かったのか。


 だが――結果的に見ればそれは大失敗だった。


「――――っ! ――――――っ!」


 生徒会室が目と鼻の先にまで迫ったところで、扉の向こうから智樹の叫び声が聞こえてきたからだ。何と言っているかまでは判別できないが、少なくとも笑い声ではないのはたしかだった。


 智樹のツッコみも似たような感じの声量だが、相手が上級生の生徒会役員であることを考えると、その可能性は限りなく低いだろう。脳裏に、小学校の頃女子と言い争っていた智樹の姿が浮かんできてしまう。


 ふいに聞こえてきた智樹の大声に、思わず立ち止まってしまう俺と冴島。

 しかし、間に挟まれていた――俺たちに守られるような位置を歩いていた小日向だけは違った。


 立ち止まるどころか、前に進む足を加速させて、真っ直ぐに生徒会室の扉へ向かっている。そして躊躇うことなくドアノブを握った。


「――あっ、明日香!?」


「小日向!?」


 俺たちが彼女を呼ぶ声も、きっと今の彼女には届いていないのだろう。聞こえていたとしても、彼女にはそんなことを考える余裕がないのかもしれない。そして、聞くつもりがないのかもしれない。


 おそらく小日向の頭の中は、いま智樹のことで満たされているだろうから。

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