第31話 KCC副会長 白木倫



 思わず頭を抱えてしまいそうなクラブ――『小日向たんちゅきちゅきクラブ』――の名称については一旦忘却の彼方に追いやるとして、問題はその活動内容だ。


 名称から察するどころか聞いたままなのだけど……彼女たちが小日向に対し好意を抱いているのは考えるまでもない事実。むしろストーカーレベルにやばい愛情を持っていてもおかしくないクラブだ。


 最近になって小日向と関わるようになった俺に対し、この頭の痛いクラブ名の連中が嫌悪の感情を抱いていてもおかしくはない。


「……先輩がたは、俺が近頃小日向と一緒にいるから気に喰わないんですか?」


 ギャグみたいなクラブ名のせいで場の空気が変わるかと思いきや、そんなことはない。斑鳩会長も、もう一人の生徒会役員も、いたって真面目な表情を浮かべている。


 そして俺も、自分が呼び出された理由が俺を小日向から引きはがそうとしてのモノだと思い、若干声音に苛立ちを込めていた。


 喧嘩腰の口調だったために、なにかしら相手も反攻してくるかと思ったが、意外にも俺の予想を聞いた斑鳩会長は「やはりか」と苦々し気に呟き、額に手を当てていた。


「我々の予感は的中したということだな」


 ため息混じりにそう言った彼女は、ホワイトボード前に立つ生徒会役員に目を向ける。予感ってなんだよ。


「えぇ。接触して正解でした」


 頭にクエッションマークを浮かべる俺をよそに、はきはきと回答する役員の女子。

 このホワイトボードの前に姿勢正しく立っている生徒会役員は、小日向とまでは言わないが背の小さな人だった。肩にかかるぐらいの黒髪で、前髪をピンでとめて横に流している。真面目そうな雰囲気の人だ。


 彼女は斑鳩会長に返答したのち、俺の方へ身体を向ける。


「私の自己紹介はまだでしたね。生徒会副会長、白木倫しらきりんです」


 そういうと副会長――白木先輩は丁寧な物腰で俺に頭を下げる。

 こんな普通の人が、はたして本当に斑鳩会長とおなじくKCCという頭のおかしなクラブに所属しているのだろうか……? 実は生徒会長に仕方なく付き合っているだけとか?


「杉野智樹くん、あなたが複数の女性と話すことを苦手としていることは存じています。無論、あなたの悪い噂が全て事実でないということも調査済みです」


 調査済みって、そこまでしてるのかよ。

 小日向に関係しているからか? それとも桜清学園の生徒だからなのか? わからんな。


「この場に私と白木副会長しかいないのも、君に配慮してのことなのだよ。今回君を呼んだことについても、君が話を聞きやすいように白木副会長ひとりに説明してもらうつもりだ。彼女は学年一位の頭脳を持っているからな。きっと私が話すよりもわかりやすいだろう」


「そういう会長も前回のテストでは学年二位だったではないですか」


「一番と二番の間には大きな差があるのだよ」


 くっくっく――と可笑しそうに笑う斑鳩会長。その表情の中に「悔しい」という感情は入っていなさそうだ。

 いや、テストの順位とかどうでもいいから、さっさと本題を進めてくれよ。というか説明の上手さに頭の良さはそこまで関係ないだろ。


 俺の心の声が伝わったのか、白木先輩はコホンと咳ばらいをして、「では」と話し始める。


「杉野智樹くん。あなたは四月に貧血で倒れた生徒の数をご存知ですか?」


「は? ……い、いや、知らないですけど」


 話がいきなり変な方向に進んだので変な声が出てしまった。


「私や会長を含め――合計30名です。保健室の利用回数は100を優に超えています」


 なぜか誇らしげに言っている白木先輩に対し、俺は「はぁ」と返事をするので精いっぱいだ。意味がわからない。しかもやたらと数が多いし。


「我らが天使――今や神となった小日向たんは、視界に一秒映るだけでも麻薬のような効果を我らの脳に与えるのです」


 やばい、やっぱりこの人『小日向たんちゅきちゅきクラブ』のメンバーだわ。会長に付き合ってるだけの人じゃないわ。


「そのエネルギー量は、宇宙誕生のビッグバンをも凌駕します」


 しねえよ! 地球消滅するわ! そこら中で宇宙生まれてるじゃねぇか!


「我らKCCは、その熱量を体外に『鼻血』という形で放出することにより、事なきを得ているわけです」


 貧血で倒れておきながら「事なきを得ている」はないだろう。この人が学年一の秀才とか……桜清学園大丈夫か? いちおう進学校なんだが。


 その後、俺は呆れて言葉を挟むこともできず、ただぼけ~っと白木先輩の話を聞いていた。


 だってホワイトボードまで使って「私たちは物理法則から解放されるのです」とか、「あの時の私は間違いなく光より速かったですね」なんて説明しているんだぞ? 俺は何と答えればいいんだ?


 白木先輩はいたって真面目に話しているようだが、俺はどうもそういう気分になれそうにない。だって内容ギャグだし。


「昨年も貧血で倒れる生徒はいましたが、ひと月あたりの数は今月の一割程度――つまり、この一ヶ月で急激に10倍へと膨れ上がったのです。その要因は杉野智樹くん、あなたなのですよ」


 と、ふいに白木先輩が気になることを言った。


「俺、ですか?」


 俺が眉間にしわをよせて首を傾げると、白木先輩は神妙な面持ちで頷く。


「我らが天使――小日向たんはあなたと過ごすことで、神となりました。以前は無口でクールな天使でしたが、杉野智樹くんと一緒にいる時のあのいじらしい姿――恥ずかしそうにしながら腰ぺチ――すみません会長、ティッシュをとってもらえますか」


 白木先輩の要請に、斑鳩会長はうんうんわかると言いたげに頷きながらティッシュ箱を手渡している。それを受け取った白木先輩は何枚かティッシュを手に取って両方の鼻の穴に詰めた。

 めちゃくちゃマヌケな姿である。

 ちなみに会長もいそいそと鼻にティッシュを詰め始めた。


「我らKCCはあの神の姿をいつまでも見守りたい――つまり杉野智樹くんには小日向たんから離れて欲しくないのですよ――ここまで言えば、私たちがなぜあなたを呼び出したのかお分かりですよね?」


 と、鼻の詰まった声で白木先輩が言う。


 つまりあれか。俺が今日、小日向と一緒に昼食を食べていなかったから、KCCの連中は『可愛い小日向が見られない』と焦ったわけか。


 静香さんも言っていたが、俺が小日向にいい影響を与えているというのはとても嬉しい。だけどKCCの皆さんよ、そもそもの原因はあんたたちだぞ?


「あんなに監視されるみたいにジロジロ見られたら、そりゃ一緒に食事も取れないですよ」


「そのことに関しては……謝罪します。クラブの中で『どうしたら杉野智樹の立ち位置になれるのか』という議題が上がりまして、その影響ですね。しかし今回のことで不用意な観察はタブーとなりましたので、今後は安心していちゃいちゃしてください」


「いちゃいちゃしてるつもりはないんですけどね!」


「私たちは運よくその光景を見た時に絶頂したいと思います」


「その言い方は止めてくれませんかねぇ!? 比喩でももっとまともなのにしてくださいよ!」


「はい? 比喩ではありませんが」


「手遅れだ! この人もうダメかもしれない!」


 逃げろ小日向! そして俺も今すぐこの悪の巣窟から逃げだしたい!

 というかもう帰っていいんじゃね!? 帰って良いよな!? 話は終わったよな!?


 俺は会長と副会長が「普通ですよね?」「普通だな」と会話している隙に、座っている椅子に手をかけ、ゆっくりと立ち上がった。


 適当に挨拶して、相手の返事を聞く前に部屋から抜け出そう――そう考えて入口の扉に目を向けると――ちょうどガチャリと扉が開くところだった。

 まさか他の生徒会役員が来たのだろうかと焦ったが、


「――小日向?」


 入ってきたのは、まさかの人物だった。

 呆然とする俺たち三人をよそに、テクテクと有無を言わさず生徒会室に入ってきた小日向。


 彼女はなぜか今にも零れ落ちそうなぐらい目尻に涙を貯めていて、いつもの無表情ではなく、明らかに怒ったような表情を浮かべていた。

 

 

 

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