第30話 KCC会長 斑鳩いろは
生徒会室に来い――そんな校内放送を聞いたクラスメイトたちが、なんだなんだとざわめき始める。
もちろん俺はそんなに人気者ではないし、クラスのムードメーカーってわけでもないから、興味のなさそうな人がほとんどだけども。あ、いちおう悪い噂があるという意味では有名なのかもしれない。悲しい。
一部の男子たちがからからかい混じりに「なんかやっちゃったの?」なんて野次馬根性剥きだしで聞いてきたりしたが、俺としても正確なことは知らないので「さぁ」と首を傾げるほかない。
窓の外に手を出して黒板消しを叩いていた小日向も、手を止めて俺がいるほうをジッと見ていた。
掃除が終わり、終礼間際。
わずか十分たらずの間に、あっさりとクラスメイトたちは校内放送に対する興味を失ったようだ。未だに頭を悩ませているのは当事者と関係者のみである。ストレスで禿げたりしたら、いったい慰謝料は誰に請求すべきなのか。
「実はまったく関係ない用事だったりして」
俺は机に顎を付け、だらけた姿でそんな願望を呟いてみる。
「それはないだろうなぁ……智樹とあっち、両方見ていたみたいだし」
景一の言う『あっち』とはもちろん小日向のこと。やっぱり小日向関連の内容だよなぁ。
俺は頬を机に付けてから、景一がいるほうを向いた。こいつは鞄の中に教科書を詰める作業をしているようだが、お構いなしに俺は話しかける。
「面倒なパターンは、冴島みたいに人の話を聞かないで『悪人は小日向から離れろ!』とか言う状況だな。あと、ただ単純に小日向と俺が一緒にいるのが気に喰わないパターン」
前者は俺が証明を頑張るしかないけれど、後者だと小日向が自分の意思を伝えてくれたら手っ取り早い気がする。というか、年上だろうがなんだろうが、人の人間関係に口出しすんじゃねぇよ――ってのが俺の正直な気持ちだ。しかも校内放送まで使って……職権乱用も甚だしいだろ。
そんなことを考えて若干の苛立ちを覚えていると、景一が苦笑いを浮かべて俺の背後に視線を向けていることに気付いた。振り返ってみると、そこには見慣れた無表情の少女が棒立ちしている。俺と目が合うと、彼女は怒ったような顔で首をぶんぶんと横に振り始めた。
「あー……もしかして、聞いてた?」
コクリと頷く小日向。彼女には今回の作戦を説明するにあたり、ふんわりと「変な視線を感じるから」ということにしていたのだが……まずったな。とりあえず何か弁明しないと。
「今のはあくまで可能性があるってだけで――というか俺の妄想みたいなもんだから、気にするんじゃないぞ? ほら、小日向って男女問わず人気だからさ」
と、事実をもとにして小日向を褒めてみるが、彼女の負のオーラは一向に収まらない。
「あー……あれだあれ、たぶん生徒会っていうぐらいだから、俺の悪い噂を聞きつけて、本当なのか確かめようとしたんじゃないか? 変な生徒がいたら注意しておきたいだろうし」
生徒会の人たちが「小日向にも視線を向けていた」という事実を無視した予想を口にしてみる。より一層、小日向の負のオーラが増した気がした。
なんだか浮気がバレてしまった夫の気分だな……もちろん彼女いない歴=年齢の高校生男子であるがゆえ、そんな経験は全くないのだけど。
「行ってみないことには正確なことはわからないし、小日向は俺と冴島と一緒に教室で待機していようぜ。もし智樹が言いがかりとか変なこと言われたようなら、俺たちで生徒会に抗議しに行こう」
と、景一からの助け舟が出た。小日向はその言葉を聞いてコクリと大きく頷く。
丸く収まった――ということでいいのだろうか?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
冴島が「どういうこと!?」と終礼中に突撃してきたことを除いて、何事もなく放課後を迎えた。俺は不安げな表情を浮かべている三人を教室に残し、ひとり校舎一階の生徒会室へ向かう。
「さすがに緊張するな」
生徒会メンバーは全員が女性らしく、トラウマを抱えている俺としては今すぐに回れ右をしたい気持ちでいっぱいだ。だが、晴れやかな気持ちでゴールデンウィークを迎えるためにも、この面倒ごとは今日で終わらせておきたい。
俺は深呼吸を何度かしてから、『生徒会室』のプレートが張り付けられた部屋をノックした。そして「二年の杉野です」と扉越しに声を掛けると、「入ってくれ」という凛とした声が返ってくる。
恐る恐る扉を開くと、そこには二人の女性の姿があった。思ったよりも人の数が少なくて、俺は静かに安堵の息を吐いた。
部屋の真正面にはまだガラス。その手前には木製のワークデスクが設置してあり、その社長席みたいな場所で手を組み、口元を隠している人物が一人。そして部屋の右壁面にあるホワイトボードの前に立つ女性が一人。
あの偉そうな席に座っている人が生徒会長だな。何度か見たことがある。
そして右側に立っているインテリ眼鏡の人も、さっき二年C組の前を右往左往していたな。
「杉野二年、まずは座ってくれ」
「わかりました」
生徒会長にそう促されたので、俺はそれに従う。名前の呼び方が独特だなこの人。
部屋の中央には長机が設置されていて、パイプ椅子が三脚ずつ向かい合うように並んでいる。俺は左側の真ん中の椅子に腰かけた。
「まずは自己紹介からしよう、私は
生徒会長――斑鳩会長は手を組んだ姿勢を崩さぬまま、重々しい口調でそう言った。
黒く長い髪に、切れ長の目、整った顔のパーツ――そういった彼女の外見も、今のこの雰囲気を作り出している一つの要素なのだろう。
ただ彼女の名前を聞いているだけなのに、無意識に姿勢を正してしまいそうな圧迫感がそこにはある。
生徒会演説や全校集会での話を聞いているときは何とも思わなかったのだが……それだけ今回の話の内容が重々しいということだろうか? となると、やはり話の内容は俺の悪評の件なのか?
いつもよりうるさい心臓の音を聞きながら、頬に冷汗が伝う感触を味わっていると、斑鳩は「そして」と自己紹介を続ける。
「――昨年に引き続き、今期もKCC――『小日向たんちゅきちゅきクラブ』の会長を務めている」
目まいがした。
―――作者あとがき―――
祝!30話!
本当は10万字程度で終わらせる予定だったけど、
予想以上に小日向ちゃん人気なので頑張って続けますぜ!
今後とも応援よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます