第39話 杉野の手、好き



 ショッピングモールで買い物を楽しんでから、そのまま俺の住むマンションへと移動した。時刻はまだ夕方の四時。解散するには少し早いかなぁという時間帯である。


 ワンコイン均一では当初予定していたフリスビー、バドミントンのほか、プラスチック製のバットとボール――それとサッカーボールサイズの柔らかなボールを購入した。エメパには道具無しに遊べるアスレチックもあるし、これで遊びに困ることはあるまい。


 立ち止まってはぐれないようにと、俺の小指を握って隣を歩いていた小日向だが、なぜか商業施設を出た後もその手を離さなかった。たぶん、何も考えていなかったのだと思う。俺や景一たちも特にそれを指摘することなく、小日向が自分で気づくのを待つことにした。


 時折俺の指の感触を味わうようにニギニギとしていたが、理由は不明。「どうした?」と聞いても首を横に振るだけだったし。可愛いからなんでもいいけど。




「もしかしたら学校の誰かに見られたかもな」


 完全に俺も当事者なのだが、俺はからかうような口調でこたつに足を入れている小日向に声を掛ける。すると予想通り、小日向は「なんで教えてくれなかったの」と不満そうに俺の膝をペチペチと叩いた。可愛い。


 結局、小日向が俺の小指を握りっぱなしであることに気付いたのは、バスの代金を支払う時だったのだ。何が楽しいのか、それまではずっと俺の小指をニギニギしていた。


「まぁ学校のやつらからしたら今更感があるかもなぁ。智樹と小日向が仲良しなことは、そこそこ広まっているだろうし。それに他人ってのは自分が気にしている何倍もこっちに無関心なもんだ。あまり気にすることないぞ」


 景一が人生迷路のアバターを設定しながら、そんなことを言ってくる。真理だな。


 俺もやや照れる気持ちはあるけれど、悪評が広まっているときに比べると気持ちはめちゃくちゃ楽だからなぁ。もし俺と小日向を遠ざけようとする悪意のある人がいたとしても、あの生徒会変態集団が動いてくれそうだし。いざとなったら『貸し一つ』を有効活用せねば。


「そうだねぇ――あっ、明日香。もしかしてあたしたちお邪魔だったりする? もし二人きりになりたいんだったら唐草くんと何処かにでかけてくるけど」


 口に手を当てて、にんまりとした表情で冴島が言う。

 もちろんそんなつもりはないのだろうけど、小日向には大ダメージの様子。顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。

 俺は冴島の表情から冗談だと判断したので、小日向を観察することに。


「…………」


「うっ、そ、そんなに睨まないでよ」


 俺からは小日向の表情が見えないけれど、どうやら冴島にきつい視線を送っているらしい。


「…………」


「じ、冗談だから、ね? 明日香がいつにも増して可愛いから、からかいたくなっちゃって」


「…………」


「すみませんでした……」


 最終的に、冴島が小日向に頭を下げて謝罪していた。

これが無言の圧力というやつか……小日向強い。思わず景一と顔を見合わせて苦笑してしまった。なにやってんだか。


「ほら、小日向の設定の番だぞ。冴島も景一も帰らないから安心しろ」


 俺がそう言うと、小日向はどこか複雑そうな表情で俺を見てから、テレビの画面に目を向けて、ポチポチとコントローラーを操作し始めた。


 小日向はからかわれていることに対して不満な様子だったが、実際にそうなったら困るのはどちらかというと俺のほうだろうな。

 理由はただひとつ、小日向が可愛すぎるから。


 もし彼女と二人きりで遊ぶようになったとしたら……いよいよ俺が彼女に抱いている保護欲が恋愛の情に変換されてしまいそうで怖いのだ。

 もし仮に俺が本気で彼女を好きになってしまったら、小日向は迷惑に思うのではないかと考えている。つまり、ずっと友達だと思っていた異性が急に告白してきたら困るって状況だな。二人の関係を壊すのには十分なきっかけだろう。


 しかも小日向にとって俺は一種の治療薬のような役目を果たしている存在のようだし、俺自身も小日向のおかげで女性への苦手意識を解消できつつある。一緒にはいたいけど、近づきすぎは禁物ということだ。


「なんか智樹、変なこと考えてない? 眉間にしわ寄ってるぞ」


 テレビの液晶に目を向けてそんなことを考えていると、こそこそと景一が話しかけてくる。察しの良いやつめ。


「……なんでもねぇよ」


「なんでもないって顔はしてないけど」


「気のせいだ」


「ふーん……まぁいつでも相談は受け付けているからな~」


「はいはい。どうもありがとさん」



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 夜七時過ぎに解散してから、俺は夕食と風呂を終えてベッドに横になっていた。ちなみに景一は冴島を、俺は小日向をそれぞれの自宅まできちんと送り届けている。


『手、無意識だった』


 そろそろ寝ようかと思い、部屋の明かりを消そうとしたところで小日向からそんなチャットが届いた。帰り道で言うのは恥ずかしかったのだろうか。


『気にするなよ。俺は別に嫌ってわけじゃなかったから』

『ほんと?』

『嫌だったら店を出た時に言ってるよ』

『たしかに』


 そのチャットの後に、コクコクと頷くウサギのスタンプが送られてくる。何度見ても小日向っぽいなこのウサギ。

 俺がどう返信しようかとぼんやり考えていると、小日向からチャットが再びとんできた。


『杉野の手、落ち着くから好き』


 …………思考停止しかけてしまった。

 小日向のやつ――相手が勘違いしてしまうかもしれないとか、一切考えてないんだろうなぁ。

 小日向にしてみれば、ただ思ったことを言っただけなのだろう。そして彼女がそう思った理由はきっと、以前彼女が言った『パパみたい』ということに関係しているのだと思う。


 大変光栄で嬉しいことなのだが、俺はその文面を見て思わず顔を引きつらせてしまった。


 小日向と恋愛感情抜きで友達を継続するのは、思った以上にハードなミッションかもしれないぞ。景一や冴島が一緒に居てくれなければ、すでに堕ちていた可能性も十分にある。


 もしこれで、俺と小日向が二人で過ごす機会が増えてしまったとしたら……俺はきちんと自分の感情を制御できる自信がないのだが。


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