第40話 いぇええええ――ゲホゲホッ



 バイト、学校、バイトという三日間を終えて、待ちに待った――というのも少し気恥ずかしいが、とにかくさつきエメラルドパークへ行く日がやってきた。


「電車ですぐの距離なんだけどな、やっぱりこっちが『地元』って感じだ」


 駅から出たところで、俺はそう呟いてあたりをぐるりと見渡す。

 今でもたまにこちらに来るけれど、その度に「帰ってきた」という感じがする。住んでいた時間はこっちのほうが長いし、当たり前と言えば当たり前か。


 ここからエメパまではバスで移動することになるので、俺たちはバスが来るのを日陰で話しながら待つことにした。


「休みだし、誰かに会うかもな」


「そうだなぁ。それもあるか」


 別に一人の時に見つかってもどうも思わないし、きっと相手も何も思わないのだろうけど、今日は景一の他に美少女二人が一緒にいる。俺が女性を苦手としているのは、不本意ながら少し有名になってしまっているので、もし男友達に見つかったらからかわれること必須だ。


「あまり見つかりたくない感じ?」


 俺と景一が話をしていると、キョトンとした表情で首をかしげながら冴島が問いかけてくる。その隣では小日向もジッと俺の顔を見上げていた。

 二人とも走り回っても問題なさそうな服装で来ていて、遊ぶ気満々といった感じだ。日焼け止めも塗ってきているらしい。


「うーん……どうだろ。俺の悪口を言うような中途半端な知り合いは、たぶん俺のことなんか忘れているだろうし、興味もないだろうからなぁ」


 同じ学校にいるならば噂の種になるかもしれないが、一年も会っていない別の高校の奴の話なんかで盛り上がることもできまい。納得顔で俺の話を聞いている二人に、俺は「だけど」と続ける。


「仲の良い友人に見つかったら、人によっては突撃してくるぞ。俺が女子と行動しているとか、異常事態だからな」


 自分で言うのも悲しいが、事実なんだよなぁ。

 特にかおるとか薫とか薫とか薫あたりに見つかったら突っ込んできそうだ。薫と一緒に行動しているであろうゆうもそれを止めるようなやつではないし。

 景一も俺が頭に思い浮かべている二人が浮かんだのか、「薫と優か」と呟く。


「二人とも小日向と冴島を見てみたいって言っていたから、間違いなく絡んでくるぜ」


「あれ? もう小日向たちのこと話したのか?」


「そりゃな。あの二人も智樹の苦手克服に協力していたんだから、進捗は知りたいだろうし。エメパに四人で行くって言ったらめちゃくちゃびっくりしてたぞ」


 俺は「会った時にでも話せばいいか」と思っていたが、どうやら俺の知らぬところですでに景一が報告していたらしい。別に内緒にしていたつもりはないんだが……いちおう後で弁明のチャットを送っておくか。


 薫と優は景一と同じく小学校からの友人で、今でも俺のマンションに遊びにくるような親しい関係の友達だ。うちにコントローラーが四つあるのも、この二人が遊びに来ているからだし、ゲームの大半は優が持ってきてくれたものである。最後に会ったのは二年に進級する前だから、小日向のことはまだ話していないのだ。


 景一の言っていた通り、彼らは俺の苦手克服に対し協力的だったし、中学の頃は複数の女子に囲まれそうになった俺を庇ってくれていたりもした。

 小学校の頃は俺が矢面に立つという逆の立場だったから、その恩返しとでも考えているのではないかと勝手に予想している。


「まぁさすがに、エメパに行ってしまえば会うこともないだろ。あいつらに彼女がいたなんて聞いたことないし、男二人で緑地公園に行くってのも考えづらいからな」


 俺があっけらかんとした口調で言うと、冴島が「そうだね!」と、小日向がコクコクと頷いてそれぞれ肯定の反応を示す。


 しかし景一だけは、


「あー、うん。たぶんな。あいつらが休日に何するか悩んでなければ……」


 尻すぼみになりながら、自信なさげにそんなことを言っていた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 バスに乗って移動して、俺たちはエメラルドパークへとやってきた。

 入場料100円を支払い、複数の家族連れに混じって入場ゲートを通る。


 わかってはいたけれど、高校生ぐらいの集団って俺たちだけだなぁ。幼稚園とか小学生を連れた家族がほとんどだ。

 敷地面積が広いために、そこまで人口密度は高くないが、それでも人はかなり多い。俺たちと同じように遊び道具やレジャーシート――中には大きなパラソルを持ってきている人までいる。


「別に暑いとか痛いとかないから、普通に握っていいぞ」


 俺の右手の小指をつまんでいる小日向にそう言うと、彼女は少し躊躇いながらも以前と同じように俺の小指をギュッと握る。景一も冴島も、それを当然のように見守っているだけで特に何も言ってこなかった。


「とりあえず日陰の良い場所探して、レジャーシート拡げて荷物置いちゃおう! ずっと荷物持ってもらって悪いし」


 俺は遊び道具一式を、そして景一は冴島たちが用意してきた弁当やらを運んでいる。ちなみに小日向はレジャーシートを、冴島は水筒を持っているから別に俺たちだけに負担があるわけではないんだけどな。


 俺は小日向が小指をニギニギしているのを感じながら、全員に向かって話しかけた。


「そうだな。とりあえず冴島たちが作ってきてくれた料理を食べながら、何からするか決めるか。今日一日で全部遊びきるってのは不可能だし、ある程度取捨選択しないと」


「あまり遅くなったらボールとかも見えなくなるし、遊ぶ順番も考えないとだな」


「たしかに! それもそうだ!」


「…………(コクコク)」


 そんな風に話をしながら、俺たち四人は周囲を見渡しながら芝生の上を歩き、良い場所がないかと目を光らせていた。

 うーん、やっぱり木陰は人気なのかすでに場所が埋まっているなぁ。日陰の場所を確保するのは難しいかもしれん――そんなことを考えながら歩いていると、


「いぇええええええええええっ――うっ、ゲホッゲホッ――いぇええええええいっ!」


 そんな風に、むせながらも元気よく叫ぶ声が聞こえてきた。


 子供たちもたくさん騒いでいるから別にうるさいというわけではないのだけど、声変わり前の高い声に混じって、やたらと野太い声が聞こえてくるものだから、ついそちらに目を引き寄せられてしまった。聞き覚えのある声な気もするけど、気のせいに違いない。


「…………」


 視線の先では、身長は目測180センチほど――そして体格はとてもがっしりしている男がタコ糸を持って走り回っていた。糸の先では達筆な字で「苦手克服達成!」と描かれたどでかいタコが空を縦横無尽に飛び回っている。そしてその男の後ろには、複数人の子供たちがきゃっきゃと笑いながら一緒に走って着いてきていた。


 その男の髪はブリーチで綺麗に脱色された金髪で、気崩した服装や髪の色から「不良」という二文字が思い浮かんできそうな外見をしている。近くにはその様子を爆笑しながらスマホで撮影している小柄な黒髪の男や、子供たちの親らしき人もいた。


 ……回れ右して見なかったことにしたい。景一をチラッと見ると、こいつも俺に目を向けていて気まずそうな表情を浮かべていた。それから景一は頬をポリポリと掻いたのち、「わりぃ」と苦笑する。


 そりゃそんな反応にもなるだろうよ。


 薫と優の二人に俺たちがエメパに行くって情報を漏らしたのは、お前なんだからな!


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