第41話 知り合い二人



「アレー、智樹ト景一ジャナイカー。偶然ダナー」


「下手くそか! 棒読みにもほどがあるわ!」


 あきらかにわざとらしい様子で近寄ってきた薫がそんなことを言ってきたので、俺は即座に突っ込みの言葉を叫ぶ。


 ちなみに薫が立ち止まったことで墜落してしまったタコは、見事に優の頭に直撃した。頭を押さえてうずくまる優の元には、景一と冴島が向かっていっている。ギャグかよ。


「……ふっ、バレてしまっては仕方がないな――そうだとも! 俺と優の二人は智樹が苦手を克服しイチャイチャしているということを聞きつけて、その真偽をたしかめにきたのだ! あと単純に暇でした!」


 なんだか最後に付け足した言葉が本心だったような気もするが、少なからずこいつらが俺のことを気に掛けてくれているのは事実なので、微妙に反論しづらい。


 ちなみに「イチャイチャ」などという表現をされてしまったわけだが、小日向は俺の小指を握ったまま恥ずかしがることなくスンと澄ました表情をしている。クラスメイトってわけでもないし、あまり親しくない人に何を言われても気にしないのだろう。


「その子が例の小日向さん?」


 薫が俺の隣に目を向けて、興味津々といった様子で問いかけてきた。


「そうだよ。あー、小日向。こいつは御門薫みかどかおるって名前で、俺の小学校からの友人だ。見た目はこんなアホっぽい感じだけど、悪い奴ではないよ。アホなのは間違いないけど」


 ふむふむといった様子で頷く小日向。対して薫は不本意そうな表情になっていた。


「アホアホ言わないでくれる!? そりゃ桜清おうせいから見たら頭悪いかもしれないけどさぁ!」


「悔しかったら勉強しろ」


「勉強嫌い!」


「じゃあ諦めろ」


「そうだな! 諦めが肝心だよな! 脳筋バンザイ!」


 一瞬にして立ち直って見せた薫を見て、小日向はなぜかしきりに頷いていた。どこかに同意できる部分でもあったのだろうか。わからん。


 俺と景一の友人――御門薫と不知火優しらぬいゆうは、俺が元々住んでいた地域にある私立高校――春奏しゅんそう学園に通っている。


 俺たちが通っている桜清学園はいちおう進学校で、偏差値も60近いレベルだ。自慢になるが、この地域でも上位に位置する公立校である。

 そして薫や優が通っている春奏学園は――まぁ、『自分の名前を漢字で書くことが出来れば受かる』と言われているぐらいの高校だ。だけどスポーツは強いし、たしか芸術関係でも良い結果を残していたはず。薫も優も帰宅部だけど。


「それにしてもナチュラルに手を繋いでいるよなぁ。女子が近寄ってきただけで青ざめてた智樹からは想像できん。しかもこれで付き合ってないって言うんだから、なおさら不思議だ」


 薫が俺と小日向の手に目を向けながら、感心したように呟く。


「これはそういうのじゃないっての――ところで薫、いい感じの日陰の場所とか空いてなかったか? いま昼飯食べる場所探してるんだけど」


 ちょっと歩いてみた感じ、すでにいい場所は埋まっている様子だった。俺たちより先に来ていた二人なら何か知っているかもしれないと思い、問いかけてみる。


「それなら俺と優が朝八時に来て最高の場所を取ってるぜ! 広場の端――アスレチックがあるほうの高台にある木陰を確保してる」


「八時からいるのかよ……というか一緒に昼飯食べるつもりか?」


「その通り! 智樹の現状を見るって用事は済んだし、あんまり邪魔しちゃ悪いから昼ご飯食べたら俺たちは帰るからさ。ちなみにその場所はそのまま智樹たちに明け渡すぜ!」


「そう言われてもな……」


 うーむ。俺や景一は別になんとも思わないんだが、問題は小日向と冴島だよな。

 四人で遊ぶつもりだったのに、いきなり見知らぬ二人が参加してきたらそりゃ気まずいだろう。反感を買ってもおかしくない。

 しかし良い立地の場所は魅力的なんだよなぁ……四人でちょっと話し合ってみるか。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 会議の結果、俺たちは六人で昼食の時間を過ごすことになった。

 決め手となってしまったのは、冴島が小日向に言った『唐草くんとか杉野くんの昔話、聞いてみたくない?』という発言である。小日向が思った以上に乗りきになってしまったので、俺や景一も『じゃあ一緒に食べるか』と返答するほかなかった。

 冴島の社交性の高さがいかんなく発揮されている。


「バカとアホは高いところが好きって言うだろ?」


 俺がなぜ高台にしたのかと聞いたところ、薫が自信満々にそんな回答をよこしてくる。彼の辞書に煙は存在しないらしい。


 現在俺たちは、薫と優が広げていたレジャーシートに、俺たちが持参したレジャーシートを接続して、わりと広めの空間を確保している。まぁそれでも六人で食事をしようと思えば、ちょうどいいぐらいの広さだ。


「ケイに聞いていた通りトモの心が治ってきているようで安心したよ。あ、そっちの弁当に手をつけるつもりはないから安心してね」


 コンビニ弁当をビニール袋から取りだしながら、ニコニコと笑顔でそう言ってくるのは不知火優。男子にしては身長が低めで、やたらと肌が綺麗な童顔の友人だ。景一とはまた違ったタイプのイケメンである。


 優は薫と同じく春奏学園に通っているが、こいつの場合勉強ができないわけではなく、『家が近いから』という理由だけで高校を選んだタイプだ。俺も詳しくは理解できないのだが、優はパソコン関係で特に秀でているらしい。父親が警察でホワイトハッカーなるものをしているみたいだから、たぶんその影響だろう。


 そんな話をしている優を気にすることもなく、小日向は俺の前にすすすと楕円型の弁当箱をすべらせてくる。どうやらピクニック形式の大きな弁当箱ではなく、冴島たちは俺たちそれぞれに弁当を用意してきてくれたようだ。


「これは小日向が用意してくれたのか?」


 俺がそう問いかけると、小日向はコクコクと俺の目を真っ直ぐ見て頷く。それから座った状態のまま、俺の胸に頭をぐりぐりとこすりつけてきた。はいどこからどうみても天使です。本当にありがとうございました。


「唐草くんのはあたしが、杉野くんのは明日香が用意したんだよ! 大人数用だったら不知火くんたちにも分けてあげられたんだけど、今回は無しでお願いしまーす!」


 俺が小日向の頭突きを堪能している傍らで、初対面の相手に対し物怖じした様子もなく冴島がそう言うと、薫も優もそれぞれ了承の返事をする。

 ちなみに薫たちは口で冴島に返答しつつも、視線は未だぐりぐりと頭突きを続ける小日向へと向いていた。


 これはイチャイチャと言われてしまっても、しかたがないかもしれないな。


 

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