第38話 小指ならセーフ



 金曜の祝日を経て、土曜日。


 本日はさつきエメラルドパークを十全に楽しむために、四人で遊び道具などを購入しに行く予定である。昨日バイトが終わってから景一と個人チャットで話して、これらのお金は男たちで出そうということになった。


 というのも、どうやら冴島と小日向が四人分の食事を準備して作ってきてくれるらしいのだ。緑地公園の広大な芝生は、学校の中庭と比べると開放感が段違いだし、天気予報を見ても絶好の行楽日和なので、俺としてはめちゃくちゃ楽しみである。

 さすがに用意してもらった食事にお金を払うわけにもいかないから、別のところでサポートをしようという話になったわけだ。


「といっても行く場所はワンコイン均一なんだけどな……」


「ん? なんか言ったか智樹?」


「ひとりごとだよ」


 電車を使うまでもなく、徒歩では少し遠くて、バスで丁度良いぐらい。そんな距離にある大型商業施設に俺たち四人はやってきていた。

 ワンコイン均一なら大量に遊び道具を買えそうだけど、自重しないと荷物が大変なことになってしまいそうだ。


 この商業施設は三階建てでお店の数はやたらと多いのだけど、大半は服飾のお店なので俺としてはあまり興味が無い。

 館内放送で「〇〇時からタイムセールでーす!」などと陽気な声で言っているが、ただでさえ人が多い休日の商業施設なのに、砂糖に群がる蟻のようにはなりたくない。人酔いしてぶっ倒れてしまいそうだ。


「立ち止まったらはぐれるぞ」


 俺は、足を止めて雑貨屋に展示してある猫のぬいぐるみを見ていた小日向に声を掛ける。彼女は自分が集団から離れつつあることに気付き、テッテッテと小走りで俺の元に駆け寄ってきた。

 小日向が見ていた猫は、どうやら俺が彼女にあげたキーホルダーの大きいバージョンみたいだ。人の顔ぐらいのサイズがある。


「はぐれたらチャットせずに館内放送するからな。『迷子の小日向明日香さんは~』って」


 そう茶化して言うと、小日向はぺチぺチと俺の腰を叩いてくる。可愛い。


「冗談だって。しないしない」


 そもそもそんなことしたら施設の人に迷惑だしな。本当に迷子になった子が困るだろうし。



 そんな他愛のないやり取りをしながら、俺たち四人は人が溢れかえっているなかを進み、三階にあるワンコイン均一を目指した。


 先頭を行くのは内外ともに猪突猛進の冴島。その隣では景一が「たしかこっちのエスカレータから行けたはず」と言いながら猪を誘導している。ごくろうさまです。


 俺は景一たちの後に続くような形で進み、隣を歩く小さな同級生がはぐれないように見守っているというわけだ。

 手でも握ってくれたら安心できるのだけど、俺は小日向と付き合っているわけでもないからそんなことさせられないし、なにより俺が緊張して手汗でびっしょりになってしまいそうだから遠慮したい。


「何か気になるものでもあったか?」


 再び足を止めた小日向にそう声を掛けると、彼女はブンブンと顔を横に振った。やや申し訳なさそうにしながら、俺の隣までテテテと駆け寄ってくる。彼女が見ていたのは小さな液晶に映されていたフライパンのCMだった。特に欲しいというわけではなく、なんとなく見てしまったという感じなのだろう。


 俺が小日向を微笑ましく見ていると、気付けば景一たちも立ち止まってこちらを見ていた。


「智樹と手を繋いだらいいんじゃない?」


「ふふっ、それいいかも」


 前の二人は俺たちをニヤニヤとした表情で見て、そんなことを言ってくる。お前らこそ手を繋げよ。傍から見たらもはやカップルだぞ、この美男美女め。


「あー……小日向、こいつらの言うことは無視していいからな? からかっているだけだから」


 特に景一。こいつは俺が女子と全くと言っていいぐらい関わっていなかったことをその目で見てきているから、きっとこの状況を楽しんでいるに違いない。


 家に帰ったらゲームでボコボコにしてやろうと決意を固めていると、顔をやや下に向けていた小日向が、スッと手を伸ばして俺の服の裾を指でつまんできた。

 なるほど、手をつなぐのは恥ずかしいが、服なら大丈夫ということか。


「ん?」


 と、思ったら素早く手を引っ込めて、今度は両手で俺の服の裾を伸ばしはじめた。動きから察するに、しわになることを心配してくれたらしい。たしかに新しい服だが、別にそれぐらい気にしないんだけどな。照れはするけど。


「「「…………」」」


 三人で小日向の動向を見守っていると、小日向は耳を赤くしたあと、ふすーと鼻から息を吐き、俺の右手の小指を左手で握った。ぷにぷにと柔らかい小日向の手の感触が、温かな体温とともに俺の小指を通じて伝わってくる。


 ……まさか小日向のほうから手を繋いでくるとは――いや、小指なんだけどさ! それでもクラスメイトの異性であることを考えると、平常心とか無理だろ!


 動揺する俺に対し小日向はなんとも思ってない――というわけでもなさそうで、きちんと耳を赤くしている。

 おそらく彼女の中で恥ずかしさよりも、無意識に立ち止まってしまう申し訳なさが勝ってしまったということなんだろう。


 ここで俺は小日向に「冴島と手を繋げばいいんじゃないか?」なんてアドバイスを言うつもりはない。俺だって小日向と同じく照れる気持ちはあるけれど、こんなに可愛い子が自ら俺の手(小指だけど)を握ってくれたのだ。


 この幸福、逃すなんて勿体ない――MOTTAINAIっ!

 幸い小日向との接触面は小指だけだし、手汗を気にする必要もないな。役得役得。


 冴島と景一に「はぐれないための応急処置だから」と弁明すると、二人はそれぞれ「あー、うん、そうだな、応急処置だ」「まさか本当に……うん、応急処置だよね!」などと言い、照れくさそうに頬を掻いたりしていた。

 お前らが言ったんだろうが! なんだその熱々のカップルを見てしまったみたいな反応は!


 小指に伝わる体温はしっかりと堪能しつつ、冴島と景一にジト目を向けていると、小日向が空いた手で俺の腕をぺチぺチと叩く。どうやら恥ずかしさに耐えかねて、早く行こうと催促しているらしい。


「――っ、お、おう。とりあえず行くか」


「…………(コクコク)」


 俺が反応すると、小日向はほんのりピンク色に染まった顔を上下に振る。

 いま彼女がショーウィンドウの中の物を指さして「あれ欲しい」なんて言ったら、何のためらいもなく購入してしまいそうだ。

 お願いだから、言わないでくれよ。

 

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