第195話 生誕祭、開幕



 たかだか生徒ひとりの誕生日。


 同じ学び舎に通っているとはいえ、ひとりひとりの生まれた日だなんて当然覚えきれない。俺も男友達は数人覚えているけれど、それも両手の指で数えられる程度だし、女子の誕生日なんてそれこそ小日向と冴島ぐらいしか記憶していない。知ったところで、祝うほど仲が良い奴がいるわけでもないからな。


 だけど、KCCだなんて団体を作られてしまっている小日向は違う。


「お誕生日おめでとー小日向ちゃん!」


「はい小日向、これで杉野とポッキーゲームしな」


「残る物だったら管理が大変だろうから、入浴剤にしたよ~」


 小日向が冴島とともに教室にやってきて席に座るなり、見計らったように学生たちが整列して小日向の前に並び始めた。そしてひとり十五秒ほどの感覚で、次々に小日向の机にプレゼントが積み上げられていく。


「俺も手伝おうか……?」


 小日向はプレゼントをくれた人にコクコクとお礼をして、誰からもらったかわかるように、ひとつずつ丁寧に付箋に名前を書いて貼っている。あまりに大変そうだったから助力を申し出てみたけど、ぶんぶんと顔を横に振って断られてしまった。自分でやりたいらしい。


 教室の外まで続く行列に目を向けて、これはいつまで続くのだろうかと苦笑していると、後ろから肩をつつかれた。振り向くと、景一が顔をこちらに近づけて小声で話しかけてくる。


「さっき鳴海と黒崎から聞いたけど、ひとり二百円以下のものしか渡したらいけないきまりになってるみたいだぞ」


「そんな規則まであるのかよ」


 遠足でももう少しましな金額だぞ。


「そうでもしないと、小日向のことだからめちゃくちゃ高いものとか渡されそうじゃない? でっかいぬいぐるみとかさ」


「あー……それはあるかも。あとはブランド物とかな。――っていうか、その規則俺は関係ないよな? 二百円なんて余裕で超えてるぞ」


「智樹は別枠。というか、俺と野乃からのプレゼントも二百円を超えてるし、あまり小日向と深く関わってない人はってことじゃないかな?」


 深く関わってない人は普通、プレゼントなんて渡さないと思うんだけどなぁ……まぁ、小日向だからそこまで不思議ではないのだけど。相変わらず、めちゃくちゃ人気者だな。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 授業と授業の合間には、十人程度しか小日向のもとにやって来なかったけど、教室の外から「また次の休み時間でお願いしま~す」という黒崎の声が聞こえてきたから、おそらく休み時間を全て潰さないように配慮しているだけだと思う。


 今日は一日中こんな感じなんだろうな。小日向と喋る時間がほとんどないから、ちょっと寂しい気もする。


『今日から私がお姉ちゃん』


 プレゼントラッシュが落ち着くと、小日向は席に座ったまま後ろを振り向いて俺にそんな文面を見せつけてくる。いつも以上にふすふすしております。


「一週間だけな」


 右の手の平で顎を支えて、左右に楽しそうに揺れる小日向を眺めていると、にゅっと小日向の手が俺の頭に伸びてきた。そしてニマニマと笑みを浮かべて俺の頭を撫ではじめる。


 な、なんだこの感覚は……新鮮すぎる――というか恥ずかしい。周囲の視線が痛い。

 ひとしきり頭を撫でた小日向は、俺のほっぺたをむにむに触ったり、耳や鼻、唇などなど顔のいたるところを触りはじめた。その行動はお姉ちゃんとか何も関係ないですやん。


『お姉ちゃんだから智樹の成長を確認しないと』


 俺のジト目の理由を正確に理解したようで、小日向はそんな弁明の文章を見せてきた。どうやら彼女は耳とか鼻の成長が触診で分かるらしい。んなわけあるか。


「まぁ小日向がそれで楽しいならこの恥ずかしさは我慢しよう。今日はめでたい日だからな」


 俺がそう言うと、小日向は『じゃあ移動教室の時も手を繋いで』という画面を見せてくるが、すぐにそれを回収してから『お姉ちゃんが手を引いてあげる』という文章に変更してきた。どうしてもお姉ちゃんムーブは継続したいらしい。


「はいはい。お姉ちゃんに付いていきますよ」


『智樹いい子。お礼にちゅーしてあげる』


「……それは小日向がしたいだけだろうが」


『智樹はしたくないの?』


 小日向はスマホを俺の机の上に置くと、眉尻を下げて下唇を突き出す。しゅんとした表情を浮かべる小日向を見て、思わず「そういう訳じゃない!」と声をあげてしまいそうになったけど、よくよくみると小日向の頬は僅かに上がっていた。こ、こいつ……にやけるのを堪えていやがる!


「おーまーえーなーっ! そうやって俺を嵌めようたってそうはいかんぞ! というか、もしかして今までも拗ねた振りしてたのか!?」


「ふぇ、ふぇー」


 小日向のマシュマロのような両頬を横に引っ張ると、彼女は視線を斜め上に逸らしながらそんな声を漏らした。言語になっていないのがとても残念ではあるが、可愛い声である。


「ちょ、ちょっと誰か今の録音した!?」


「んなわけあるか! というか今脳内でリピートしてるんだから黙っててくれ!」


「今年の流行語大賞、決まったな」


「校歌にするべきでは?」


 小日向が普通に喋るようになったら、この学園、無事でいられるのだろうか。



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