第196話 ともきが欲しい
昼休み。
教室にて、普段より豪勢なお弁当にウキウキしている小日向を見てほっこりしていると、開け放たれている出入り口から見知ったあまり見たくない人物が登場した。
斑鳩会長に白木副会長――今日のどこかで小日向のもとにやって来るだろうなぁとは思っていたけど、この時間を選んだか。まぁ前みたいに職権を乱用し校内放送を使わないだけマシと思おう。
堂々とした様子で二年C組へと足を踏み入れた彼女たちは、迷うことなく俺たちが座る席へと足を進めてくる。教室にいる他のクラスメイトたちは、いきなり入ってきた上級生に困惑して――はないな。『ようやく来たか』って感じだ。
「食事中にすまない」
「失礼します」
二人は景一と冴島、そして俺と小日向にそれぞれ目配せてから、声を掛けてきた。景一と冴島は彼女たちに対して「「いえいえ」」と苦笑しており、もぐもぐしながらキョトンとしている小日向は、俺と先輩たちを交互に見ていた。可愛い。リスっぽい。
「小日向二年、誕生日おめでとう。すでにたくさんの贈り物をもらったようだが、実はもっとたくさんの物が君に贈られる予定だった。あまり数が増えても大変だろう? というわけで、生徒会がごく一部のKC――君のファンから一円ずつ集金し、一つのプレゼントをすることにした」
「あまり高価なものではありませんが、きっと気に入ると思います」
生徒会の二人がそう言うと、小日向は彼女たちの発言を特に気にした様子もなく、会長が持つ紙袋に目を向けた。
いやー……どう考えてもおかしいだろ。『ごく一部』から『一円ずつ』なんか貰ったところで、普通はプレゼントを買えるような金額に達しない。学年一のカップルも俺と同様の思考になったようで、同時に顔を引きつらせていた。KCCの会員数、増加する一方なんだろうな……。
「ちなみに、杉野二年や小日向二年が知っているところで言うと、アラウンドでバトミントンの試合をした大学生二人、それから修学旅行で知り合った蛍ヶ丘女子――そして時田インストラクターなどからもお金を貰っているぞ」
「マジですか……」
KCCの広がりかた異常だろ。パンデミックかよ。
というかいったいどうやって一円を集金したんだろうか……現金書留にでもして送ったのか? 一円を。
小日向はふすふすしながら紙袋を受け取り、中を見ていいかと会長に目で訴えている。案の定、小日向の可愛らしい視線を受け止めた会長は白目をむいたのだけど、白木副会長が背中を叩くことで黒目に戻った。
会長の代わりに、白木副会長がいつの間にか鼻に詰めていたティッシュを赤く染めながら「どうぞ」と鼻声で口にする。もう最初から赤色のティッシュ買っとけよ。それだとバレないからさ。
白木副会長の言葉を受け取った小日向は、なぜか俺のほうを見てふすふすしている。たぶん「出していい?」ってことを言いたいんだろうけど、別に俺の許可はいらないだろうに……お前の誕生日プレゼントなんだぞ。
「なんだろうな? 開けてみな」
「…………(コクコク!)」
おそらく彼女がこれまで冷静に対応できていたのは、今日貰ったプレゼントは全て、外見で内容がわかるようなものばかりだったからだろう。それに比べて小日向が紙袋から取りだした長方形の箱は包装紙とリボンでラッピングされていたから、まだ中に何が入っているのかはわからない。
大きさ的には俺の拳二個ぶんぐらいのサイズ。
KCCからのプレゼントということで少し不安だけど、小日向がガッカリするようなものを贈ることはないだろう。それは彼女たちにとって、なによりもタブーのはずだし。
小日向は後ろを向き、俺の机にプレゼントの箱を置いてから丁寧にリボンを解く。そして包装紙に貼ってあるシールをこれまた丁寧に剥がして、紙が破れないようにそっと箱を取り出し、蓋を開けた。
「……お、おぉ……」
会長たちが贈ってくれたのは、ペアのマグカップだった。淡いピンクのマグカップには赤い文字で『あすか』と、そしてもう一つの水色のマグカップには『ともき』と書かれている。
いやたしかに小日向はペアルックとかそう言うの好きだし、バッグに付いているキーホルダーもお揃いだから、こういうプレゼントを喜ぶのは予想できたけどさ、めちゃくちゃ恥ずかしい。クラスメイトも談笑しながらではあるが、ちらちらとこちらの様子を窺っているし。
だけど、目をまん丸にして感激している小日向同様、俺も嬉しいことは嬉しいんだよな。
「これ、こっちは俺の分なんですよね? 貰っていいんですか?」
俺は水色のマグカップを指さしながら聞いてみると、斑鳩会長は鷹揚に頷く。
「うむ。少し早いが、杉野二年も来週誕生日だろう? これはお金を徴収した者の総意であるから、是非受け取って欲しい」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
なぜ会長が俺の誕生日まで把握しているのかは気にしないことにして、ありがたく厚意に感謝することにした。小日向は大層嬉しそうだし、案外まともな内容で安心した。
「良かったな小日向。名前入りだぞ――って、お前のはこっちのピンクだろ。『あすか』って書いてるんだから」
『こっちがいい。ともきが欲しい』
小日向は水色の『ともき』と書かれたマグカップを大事そうに持ちあげて、色々な角度から眺めている。えぇ……じゃあ俺がピンクなの?
「なるほど、甘々を通り越して激甘になるとそうなるのか……」
「私たちもそうする?」
「俺たちは俺たちのペースで行こうぜ……それに智樹みたいに一人暮らしじゃないし、家族にバレたら恥ずかしい」
その景一の発言を聞いた瞬間――俺は来年の四月、冴島の誕生日にペアのマグカップを贈ることに決めたのだった。
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