第43話 小日向さんは見たいようだ
六人での昼食を終えると、薫と優の二人は宣言通りさつきエメラルドパークをあとにした。どうやら本当に彼らの用事は俺たちと接触することだけだったらしい。
しかしなんだったんだろうな。わいわいとみんなで食事をしたこと以外、特別なことは――あぁ、そういえばこそこそと俺と小日向に隠れて何かを話していたから、もしかしたら彼らがエメパに来た本当の理由は、そこで話されていたのかもしれないな。
少しは気になるが、聞かれたくないのなら無理に聞こうとも思わないけど。
それから俺たち桜清学園の四人は、まず始めに購入してきたフリスビー等で遊ぶことにした。ちなみにこれは女性陣からの「せっかく唐草くんたちが買ってくれたんだし、遊ぼうよ!」、「…………(コクコク)」という発言に由来している。後者は発言というか反応だけども。
まずはフリスビーで遊ぶことにした俺たち四人は、少し声を張れば聞こえるぐらいの距離をとった。スタートは小日向からである。
いまさらだが、彼女はちゃんと投げられるだろうか?
というか俺もあまりやったことないから、綺麗に投げられるのか不安なんだが……まぁしばらくは景一に投げて調整しよう。あいつなら例え暴投して走らせることになっても問題ないだろう。あくまで、女子を走らせるよりマシって意味だけど。
「こっちまで届きそうかー? というか投げ方わかるかー?」
大きめの声で俺が小日向に問いかけると、彼女はこちらを向いてコクコクと頷く。自信ありげな様子だ。ほほう、大丈夫だというなら信じてみようじゃないか。
しかし信じるとは言っても、万が一小日向からのパスが明後日の方向に飛んでいってしまった場合、彼女は俺に『申し訳ない』という感情を抱いてしまうかもしれない。
それはダメだ。保護者的にNGである。
そしてKCCの連中に見つかったら絶対怒られそうだ。
何処にとんでもキャッチしてやろう――そう意気込んだ俺は、スタートダッシュができるよう少し腰を落とした。たとえ真後ろに投げたとしても、運動不足のこの身体に鞭打って全力ダッシュしてやろう。六月にある体育祭の準備運動みたいなもんだな。
そんなことを考えながら息を整えていると、小日向はフリスビーを片手に持って、その場でくるくると回り始めた。最初はゆっくりと、しかし次第にその速度は上昇していく。
「――へ? こ、小日向さん? 目は回らないのですか?」
思わずこぼれ出た独り言が丁寧語になってしまうぐらいには、動揺してしまった。
おそらく足りない筋力を補うために勢いを付けているのだろうけど、マジで真後ろに飛んでいく可能性が出てきてしまった。
やがて、小日向の手からフリスビーが射出される。
「――お、おぉ!」
小日向の手を離れたフリスビーは、遠近感を失ってしまいそうなほど一切ぶれる事無く俺の元へと飛んできた。俺が移動するまでもなく、見事に胸へと真っ直ぐに突き進んできて、俺は何の苦労もなくキャッチすることに成功する。
「なぜあの投法でここまでコントロールできるんだ……?」
ボーリングの時といい、小日向のコントロール的確すぎるだろう。センス良すぎない?
小日向のほうを見ると、彼女は上手くいったことに対しての喜びを表しているのか、その場でぴょこぴょこと飛び跳ねていた。遠い距離だから俺には細かい表情が見えず、無表情で飛び跳ねているように見える。
見た感じ地面から数センチしかジャンプしていないのだけど、彼女のいつもの様子から考えると大層楽しんでいることが予想できた。
小日向は大いに楽しんでいるようだし、俺も負けてられないな。
せっかくだし、小日向と同じ投げ方で景一に投げてみるか。
「いくぞ景一―っ! 俺の投球センスをとくと見よっ!」
「『投球』って、それ球じゃなくね!? というかあのぐるぐるは小日向にしかできないって! あ、あぁああああああああああっ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ひとしきり持ってきたおもちゃで遊んだ俺たちは、身体を休ませがてらイベント広場に行って大道芸を見ることにした。
宣伝のチラシを見ると、火のついた松明をジャグリングしていたり、椅子を積み重ねてバランスをとったりしている写真が載せられている。
なんだか天才的な活躍をした小日向を見たあとだと、「小日向ならできそうだな」という感想が思い浮かんでしまった。彼女にはパワーがないけれど、それを補って余りある運動センスを持ち合わせているからなぁ。なんだかアンバランスで可愛い。
で、俺たちは意気揚々とイベント広場にやってきたわけだけども――、
「人が多いな……さすがゴールデンウィーク」
会場には多くの客が押しかけており、身長が170センチを超えている俺も背伸びしないとよく見えないような人混みだ。さすがに開始10分前に来るのは甘く見すぎたか。
「あちゃ~、こりゃ見えないね。今回は諦める? あたしは別にアトラクションに他のところ見る感じでも大丈夫だよ!」
どうやら冴島はどうしてもこのイベントを見たいというわけではなさそうで、俺と景一に向けてそんな提案をしてくる。人混みが苦手な俺としても、満足に見ることが出来ないのならば気持ちは別の方向へと傾いてしまう。少し楽しみだったから残念だけど。
「――小日向は見たいか?」
俺がそう問いかけると、小日向は小さくふるふると首を横に振った。顔はやや下を向いていて、しきりに俺の小指をニギニギしている。これ絶対に、見たいけど俺たちに遠慮して我慢しているやつじゃないか。
そういうことならば話は変わってくる。人混みが苦手? そんなもの忘れた!
「俺はこれ見たいんだけど、どこかに見えそうな場所はないもんかな」
俺が景一と冴島に言うと、彼らは俺と俯く小日向をチラッと見てから納得した様子で頷く。察しが良くて助かります。
だけど俺が見たいってのも別に間違ってないからな? まぁ、普段なら諦めるところだったけども。
「あっち側に行けば、ステージからは少し遠くなるけど智樹の身長なら見えるだろうし、冴島も背伸びすれば見えるだろ」
そう言いながら、景一は少し周囲より高くなっている場所を指さす。しかしその場所でも、小日向の身長では満足に見ることはできそうにない。それじゃあまり意味がないのだよ景一くん。俺は小日向に見せたいんだから。
「ちなみに小日向はアレすればオッケーだ」
他の案はないかと頭を働かせていると、景一がニヤニヤとしながらある方向を顎で示した。俺、小日向、冴島の三人は同時にその場所へと目を向ける。
そこには、肩車をしている親子がいた。
……え? もしかして景一、俺に小日向を肩車しろって言ってる?
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