第44話 もしかして小日向さん……



 俺の頭部はいま、女の子の太ももの間に挟まっている。


 この言葉だけを抽出したのであれば、それはもう大層エッチな妄想をしてしまいそうなものだけども、実際のところは卑猥な部分など欠片もない(少しぐらいはあるかもしれない)、公然の場でも見かける肩車だ。


 問題があるとすれば相手が同年齢の高校生ということぐらいか……まぁそれが唯一にして最大の問題なんだが。


 幸い、周囲から見れば俺たちは兄妹のように見えているのではないかと思う。この身長さだし、奇異の視線は特に感じない。


「………………」


 視線は感じない……とはいったものの、現在俺の視界はきめ細やかなムニムニな肌が大部分を占めているので、他者の顔色など物理的に精神的にも気にする余裕があまりない。


 ほんの少しでも頭を動かしたらセクハラで訴えられてもおかしくないのではないかと思ってしまう。もちろん、小日向のことだからそんなこと言わないだろうけど。


 そういえば今ショーの真っ最中だったな……後頭部に伝わる小日向のお腹に意識が向かってしまっていた。


「うぉっ、よくあんなことできるなぁ」


 俺の右隣では、景一がステージに目を向けてそんな感心したような声を漏らす。お前はショーを楽しめていいですね。


「け、怪我したりしないよね? 大丈夫だよね?」


 そして左隣では、冴島がビクビクした様子で俺たち三人に問いかけるように言う。大道芸人は大丈夫そうだけど俺の心拍数がピンチだよ?


 とはいえ、あまり動揺しているのを思春期の高校生男子として悟られたくはない。

小日向も太ももを意識しまくっている男子に肩車されているとなると気まずいだろうし、嫌な気分になってしまうだろう。

 俺はあくまで保護者の立ち位置なのだから、平常心でいることが求められるのである。


 小日向が万が一にも落っこちることのないよう、細い足をしっかりとホールドしたまま俺は声を掛ける。


「ちゃんと見えているか?」


 その問いかけに対し、小日向は俺の頭を両手でスリスリと撫でてくる。これは見えているということでいいのだろうか? いつもの頷きが見えないから判断が難しい。


「上にいるのがきつくなったら合図してくれよ」


 すると、もう一度小日向は俺の頭をスリスリ。肯定の合図で間違いなさそうだ。


 それにしても、なんだか女子に頭を撫でられるって新鮮だな。

 なんだかこの言い方だと男子に撫でられた経験がありそうな感じだけど、俺の頭を撫でたことがあるのはせいぜい親父ぐらいなものだ。あとは記憶にないけど、母親もきっと撫でてくれていたのだろう。


 ところで小日向さん……大道芸が凄くて興奮する気持ちはわからないでもないんだけど、ムニムニと俺の頭を太ももで挟むのは止めてくれませんか? KCCの人たちが小日向を見て鼻血を噴き出すのを、他人事に思えなくなってしまいそうです。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ショーが終わったあとも、俺たち四人はアスレチックで遊んだり、動物と触れ合えるコーナーで癒されたり、展望台に上って景色を眺めたりと、さつきエメラルドパークを満喫した。


 まだ遊べていないエリアがあるから、機会があればまた来てもいいかもしれないな。色々あったけど、楽しかったことには間違いないし。



 帰り道。

 景一と冴島の二人と別れ、俺は現在小日向と二人で薄暗い住宅街を歩いている。


「なんだかあっという間だったな」


 周囲に人の姿はなく、どう考えてもはぐれるようなことはないのだが、彼女は俺の小指をしっかりとニギニギしていた。どうやら、肩車をしたことで色々と吹っ切れたらしい。とても可愛い。


 肩車自体、小日向も最初は恥ずかしそうだったからなぁ……。きっと彼女の中で羞恥心よりも大道芸を見たい気持ちが勝っていたのだろう。そしてその肩車に対する羞恥心が、手をつなぐことの恥ずかしさを忘れさせてしまったようだ。


 斜め下から俺を見上げてコクコクと頷く小日向を見て、俺は「だよな」と返答する。


「明日からまた学校か……といってもすぐに土日がくるけど」


 その土日が終わればいよいよ連休ムードは終わってしまい、五月の中頃に中間考査――そして六月には体育祭が控えている。


 中間考査に関しては、家で暇なときに予習復習はやっているし、試験対策として特別に追い込む必要もない。俺はいつも学年で五十位以内はキープできているし。


 そして体育祭の実行委員決めもおそらく土日が空けたらやることになるのだろうけど、これは俺に関係のない話だ。うちのクラスだとたぶん高田あたりがやるんじゃないだろうか。去年もやっていたし。


「小日向は中間考査、問題なしか?」


 俺が小日向と関わる前に抱いていた彼女の印象は『文学少女』的なものだった。


 物静かで、他者を気にすることなく黙々と本を読んでいるような感じ。実際同じクラスになってみたところ、本を読んでいる姿なんて見たことはないし、意外と運動センスが抜群だったわけなんだけど。


 小日向のことだから、たぶん勉強も問題ないんだろうなぁ――そう思って問いかけたのだが、小日向はカクカクとしたブリキのような動きで俺とは真逆の方へ顔を向ける。そしてどこか落ち着かない様子で小指をニギニギ。


 いまの彼女の動きを言語化するならばな、『べ、べべべべ別に問題ないよ』といった感じだろうか。



 もしや小日向さん……勉強は苦手な感じですか?




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