第45話 勉強会が必要なようだ



 エメパで遊びつくした翌日。


 ゴールデンウィークが終わっていよいよ学校が始まってしまったわけだけど、今日は金曜日なので一日学校に行けばすぐに土日がやってくる。俺は両日ともフルでバイトだから、はたして休みと言ってしまっていいのかはわからないが。


 その土日を終えると、校内はいよいよ試験前の部活動自粛期間へと移行し、その翌週から中間考査が始まるといった流れになる。


 部活動をやっていなければ試験対策に時間を費やすこともない俺からすると、下校する人がいつもより多くなる期間という感じだ。


「じゃあ体育祭の実行委員は大変だな。試験期間と被る感じになるのか」


「そうなんだよ~。先生たちはあまり推奨していないけど、のんびりしてたらグダグダな体育祭になっちゃうからね」


 現在は昼休み。

 というわけで、俺たち四人はいつも通り中庭で昼食をとっていた。


 どうやら冴島の所属するE組は朝のHRでパパッと体育祭の実行委員を決めたらしく、俺の予想通り冴島はその面倒くさそうな役目に立候補したらしい。

 思い出に残ると言った意味ではいいのだろうけど、俺はパスだな。体育祭間近になると土日まで駆り出されるらしいし、バイトに支障がでてしまう。


「うちのクラスは誰が実行委員になるんだろうな? 女子はまったくわからんが、男子は高田あたりか?」


 我がC組はどうやら放課後のHRで実行委員決めをするらしく、長引けばそれだけ帰宅時間が遅くなってしまう状態だ。たぶんE組はすぐに決まりそうだったから朝にやったのだろう。


 俺の疑問符を乗せた言葉に対し、小日向は首を傾げて腕組みをする。悩んでいるような仕草だが、顔はいつも通りの無表情である。


 そして景一はというと、


「高田は部活があるから無理って言ってたぞ。あいつレギュラーだし」


「あぁ、バスケだったか。体育祭は試験期間の後だからなぁ」


「そうそう。まぁ冴島もやるみたいだし、俺がなってもいいかなぁとは思ってるよ。モデルのバイトも前もって言っておけば問題ないしな」


 ――と、どうやら実行委員になりそうな感じのことを言っている。


 景一が立候補すりゃ女子はもちろん、男子も快く賛成してくれそうだ。そして女子の実行委員も即座に――いや、逆に立候補者が増えて難航してしまうのか? あまり帰宅時間が遅くならないようパパッと決めてほしいのだが。


「えっ!? 唐草くんもやってくれるの!? やろうやろうっ!」


「うちのクラスにどうしてもやりたいって奴がいなかったらな。こういう経験も悪くないだろうし」


「やったーっ! 他のクラスの友達が無理そうだったから、心細かったんだよね!」


「まだ決まってないんだからそんなにはしゃぐなよ。ぬか喜びになるかもしれないぞ?」


 冴島が飛び跳ねそうな勢いで喜ぶのを見て、景一は苦笑している様子。


 おーおー、真っ昼間からお熱いことで。早く付き合っちゃえよお前ら。


 お祝いは特定食で良いだろうか。朱音さんに頼んでスペシャルメニューを作って貰うのもありだな。もしくはバイト先でウルトラハイパーデラックススペシャルメガトンパフェか?


「まぁそういうお楽しみごとはおいといて――だ」


 俺はその楽し気なムードをぶった切って、口をもぐもぐと動かしている小日向にジト目を向ける。彼女はあまりよろしくない気配を察したのか、ゆっくりと俺から視線を逸らした。


「そうだねぇ……明日香は試験対策をしっかりやらないと、本当に留年しかねないから……」


「去年は赤点を大量にとって再テストのラッシュだったらしい」


 冴島と景一がことの重大さを承知しているのか、重苦しい口調でそんなことを言う。二年に進級できて本当に良かったな小日向。


 彼女の学力を数値で説明するとなると、やはり学年の順位で示すのが一番わかりやすいだろうか。


 我が桜清学園の二年生は合計で三百人ちょっとの生徒がいるのだが、その中で俺のテストの順位はだいたい五十位以内ぐらいだ。景一は俺よりも後ろにいるが、二桁の常連である。


 そして聞くところによると、冴島は百五十番前後と全体の中間に位置しているようで、問題の小日向の順位は三百を超えるらしい。もはや後ろから手の指だけで数えられそうな順位である。

「小日向は絶対実行委員には――というか担任からストップかかるだろうから無理だな。大人しく勉強するんだぞ?」


 俺がそういうと、小日向は俺から目を逸らした状態でさらにぷいっと顔をそむける。たぶんというかほぼ確実に、勉強嫌いなんだろうなぁ……。以前授業の終わりに小日向の席の側を通ったら、ノートにバケモ――うさぎらしき生物がぴょこぴょこ跳ねている絵がいっぱい描かれていたし。


 本当に大丈夫だろうかと不安な目で小日向を見ていると、


「杉野くんと一緒に勉強すればバッチリだよ! あたしが教えるよりもきっとマシになるはず!」


 冴島はそんなことを言って「うんうん!」と嬉しそうな表情で頷く。


「……一緒に? 別に俺は構わないが――いつの間にそんな話になってたんだ?」


 俺が首を傾けながら問いかけると、冴島の代わりに景一が答えをよこしてくる。


「あぁ……たぶん俺が冴島に『智樹は試験対策とかほとんどしてないから、小日向の勉強を見る余裕ぐらいあるんじゃね』って言ったからだな。そこから智樹の家で勉強会するのもありだな~って話になってた」


 またまた家主の知らぬところでそんな会話がなされていたらしい。別に暇だからいいんだけどさ。


「ただ、試験期間中も実行委員の集まりがあるかもしれないから、その時は杉野くんにお任せしちゃう感じになると思うんだよねぇ。というわけで杉野くん! 明日香の進級のためになにとぞご協力を!」


 ははぁ~、と拝み倒すような感じで冴島が頭を下げる。大袈裟すぎない?


 そんなに頭を下げられなくとも勉強をみるぐらい別に――と一瞬思ったけれど、よくよく考えると小日向と二人きりとなる状況というのはあまりよろしくないかもしれない。俺の理性的な問題で。


 当事者である小日向はというと、「私は関係ありませんよ」とでも言いたげにもくもくと弁当をつついていた。リスっぽくて大変可愛いのだが、今は甘やかしていい状況ではない。


「小日向の話をしてるんだからな?」


 そう言って俺は小日向の頭を軽くぺチリと叩く。すると、彼女は即座にぐりぐりと頭突きで反撃してきた。なぜなのか。


 余談だが、昼休みに数人の女子生徒が貧血で保健室に運ばれたそうな。


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