第46話 甘やかし禁止期間スタート



 土日は一労働者として仕事に励み、そして学生にとって普段より真面目に授業を聞くであろう一週間がやってきた。


 全国模試と違ってこういうテストは学校の先生たちが作っているから、教師によってある程度出題傾向が予想できるんだよな。

 問題集からそのまま引用する教師もいれば、小テストで出した問題を使う教師、授業中に「ここ出すからな~」と言ったところばかり出題してくる教師などなど。


 まぁ中には「普段から真面目に聞いてないお前らが悪い」と言った感じで、特にテスト対策をしない教師もいるが、そういう教師を事前にチェックしていれば、案外定期テストなんかどうにでもなるものだ。


「つまり普段から授業はあまり聞いていないってことでいいんだな?」


「…………(ぷい)」


 俺の問いかけに対し、小日向は顔を背けて「なんのことだか」といった反応を見せる。


 ちっちゃい子の誤魔化し方みたいで非常に可愛いけれど、このままでは来年も小日向が二年生を継続し、学を修める旅行に二年連続行くことになりかねない……俺も気合を入れて、心を鬼にしなければ。


「まぁ一週間の猶予があって良かったと考えるべきか……」


 現在、俺の住むマンションにはいつものメンバー三人がやってきている。


 先週の金曜日に行われたHRで、景一が体育祭の実行委員をやることに決定したのだが、試験前の期間で集まるのは水曜日から金曜日の三日間だけらしい。つまり、少なくともその三日間は俺と小日向は二人きりで勉強することになるわけだ。


「あーすーかーっ! 二年生になったらノートちゃんと書くって言ってたよね? 落書きばっかりじゃない!」


「芸術的センス――は俺にはわからねぇが、授業の内容が一つも書かれていないことは理解できるぞ」


 こたつの上で開かれた小日向のノートを見て、冴島は怒った様子で――そして景一は顔を引きつらせてそんなことを言っている。


 なんだか小日向って真面目そうな印象があったから、俺としては意外な一面を見ることができて嬉しくもある。成績は全然笑えないレベルなのだけど。


「とにかく、後半で詰め込めるようにまず今日一日使って現状の把握をするぞ。受験はパスできたんだから、小日向もやればできる子なはずだ」


 俺は全員に語り掛けるようにしながら、そう自分に言い聞かせた。


 大丈夫だ、きちんと対策すれば赤点は回避はできるはず。もちろん留年することもないはずだ――って、小日向は胸を張るところじゃないからな?


「赤点とったら俺の家でゲームするの禁止にするぞ」


「やればできる子」と言われて得意げな雰囲気を醸していた小日向だったが、ゲーム禁止と言われてほんのちょっぴり口をとがらせる。不満顔は非常にわかりやすいな。


「小日向はできる子なんだから大丈夫だろ?」


 そう問いかけると、小日向はしぶしぶと言った様子で首を縦に振る。誘導尋問のようで若干心が痛んだが、小日向のためなんだ、悪く思わないでくれよ。


 しかし小日向の成績が悪くて助かった――というのもおかしな話だが、ほんの少しだけ勉強すればいいぐらいの雰囲気だったら、二人きりの状況に俺は耐えられなかったかもしれない。


 なにしろ俺は女子とまともに関わり初めてまだ一ヶ月の新米である。


 はじまりの街(男ばかり)でのほほんと過ごしてきた俺が、いきなり魔王に挑む(自宅で女子と二人きり)など無理があるだろう。酒場のねーちゃんから「頭大丈夫かこいつ」と思われても仕方ないレベルだ。


 以前小日向と映画を見た時も二人きりの状況だったが、あの時と今では小日向に対する俺の好感度もかなり違っているから、いよいよ保護欲という俺の最後の砦が破壊されかねない。


 だがしかし! 今回はそんな浮ついたことを気にしていたら、小日向が留年しかねないのだ。そのレベルでやばいらしい。


「甘やかすことはないと思ってくれ」


 小日向に対する保護欲を正しき形で保つためにも、ビシバシと厳しく指導していくことにさせてもらおう。


 俺がきつめの口調でそう言うと、小日向は「どうかお手柔らかに……」とでも言いたげに、胡坐をかいている俺の膝の上にそっと自身の小さな手を乗せる。


 早くも決心が揺らぎそうになった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 結局今日は小日向の全教科の理解度を確かめるだけで終了。

 景一は冴島と二人で「この辺りってテスト範囲だっけ?」などとお互いに確認し合ったりしていた。


 二人は最初こたつの側面に向かい合って座っていたのだが、距離があって話しづらいということもあったらしく、テレビの目の前――つまり俺と小日向に向かい合うような位置に移動して、並んで勉強を開始。なんだか恋人を通り越して夫婦を見ているかのようだった。


『じゃあ去年の赤点は八科目ぐらいか』

『たぶんそれぐらい』


 寝る前に、俺はベッドの上で横になって小日向とチャットをしていた。

 内容はもちろんテストに関して。それ以外の選択肢なんてないだろ。


『マジで真面目に勉強しないとやばいぞ小日向。赤点回避はもちろんだが、ある程度点数とっておかないと進学に響きかねん』

『(うさぎが蝶々を追いかけているスタンプ)』

『現実逃避するな』

『(うさぎが四つん這いになって地面を叩いているスタンプ)』

『これまで授業を真面目に聞いてこなかったツケだ。諦めて勉強しなさい』

『…………杉野、イケメン』

『それで勉強から逃げられると思っているのなら大間違いだからな?』


 まったく……いくら女子と関わりが無かったとはいえ俺も甘く見られたもんだぜ。

 スクショはありがたく保存させてもらったけど。


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