第47話 小日向さんは集中しない
火曜日。
学校が終わると、昨日に引き続き俺の家に集まって勉強会だ。
冴島はわざわざ皆で食べる用のお菓子を持参してくれて、景一は俺の家に向かう途中に1.5リットルのグレープジュースをスーパーで買ってくれた。炭酸じゃなくて100%のジュースを選ぶあたり、よく俺の好みを理解している。景一、もしかしなくとも俺のこと大好きだろ。
ちなみに小日向はお小遣いに余裕もなく、特別にお菓子を持参しているわけではなかったので、非常に肩身が狭そうにしながら通学バッグからアメを三つ取り出し、俺たちに配っていた。
別に気にしなくてもいいんだがなぁ……君は勉強さえ真面目にしてくれたらいいのだよ。
俺の家に辿り着いて、勉強をスタートしてからおよそ10分後――。
「…………」
小日向は少し休憩――といった様子で、ちっちゃな身体をめいっぱい伸ばしたり、身体を捻ってストレッチしたり、他の人のノートや問題集をふすふすと鼻息を吐きながら覗き込み始めた。
景一と冴島は自分の勉強に集中しているのか、あきらかに勉強に飽きている小日向の様子はあまり気になっていない模様。
現在彼女は俺の手元を覗き込んでいるのだが、とても近い。非常に近い。
いくら俺が女子と関わることがほとんどなかったとはいえ、これがクラスメイトの男女の距離感ではないということぐらいわかるぞ。カップルだと邪推されても仕方のない距離だ。
すぐ隣に座って俺の問題集を見ているのだから、距離が近くなるのは当然といえば当然なのだが、最近小指を握られたり肩車をしたせいか、小日向の俺に対する警戒心がほぼほぼ消え失せてしまっている気がする。俺がちょっと右手を伸ばせば小日向を抱きしめてしまえる――そんな状態だ。
だが、例えそれが許されたとしても――今は絶対にダメ。
俺は視界に映り込む小日向の後頭部に、こつんと自分のおでこをぶつけた。
「気が散るのが早い。まだ一ページもできてないじゃないか……ほら、ちゃんと集中しなさい」
彼女が現在やっているのは、学校から配られた数学の問題集である。
数学の教師は問題集からそのまま引用してくるので、俺は小日向に試験範囲の場所の解答を隠して解くように促していた。
宿題で出たことがある場所なので、小日向の問題集の解答欄もすでに埋められていたのだが……あきらかに誰かのものをそのまま写している。たぶんクラスの誰かが小日向に見せてくれたのだろう。
俺の頭突きを受けて、スリスリと自分の頭をさする小日向。
なぜ嬉しそうな顔をしているのかはわからないが、とりあえず彼女は俺の言った通り自分の問題集に視線を戻してくれた。
「わからないところがあったら聞いてくれ。今回のテスト範囲の内容は理解できているから、教えられると思う」
俺がそう言うと、小日向は俺の顔を見上げてコクコクと頷く。
それからそれから彼女は感謝の気持ちを示すように、俺の肩にぐりぐりと頭をこすりつけてきた。猫かよ。
ま、まぁこれぐらいは彼女のボディランゲージの一種だし? 別に甘やかしているわけではないからセーフだろ。うん。ちゃんと自分の勉強に戻ってくれたし。何も問題はない。
シャーペンを持ってジッと問題集に視線を落とす小日向を確認した俺は、静かに息を吐いてからテーブルの上にあるジュースに手を伸ばす。そして、
「「…………」」
景一と冴島がニマニマした表情で俺のことを見ていることに気付いた。
「……なんだよその顔は」
「べーつーにー。なんでもないよ、ねぇ唐草さん」
「そうですなぁ冴島さん。さ、集中集中」
景一たちはそんなからかい混じりの言葉を一言ずつ零すと、何事もなかったように自分の勉強に戻っていった。
春奏学園の薫や優と違い、すぐに勉強に集中できるあたり桜清学園の生徒だなぁと思う。
そう考えれば、小日向はどちらかというと春奏の学生っぽいのだろうか? 案外薫とかとは息が合ったりするのかもしれないな。スポーツ万能で勉強が苦手と言えば、真っ先に薫が思い浮かぶし。
体格は正反対だけど、その部分だけは似ているかも。
実はあの二人――案外相性が良かったりするのか……?
「ところで智樹はなんで嫉妬したような顔になってんの?」
「どんな表情だよそれ……いいから集中しろ集中」
「へーい」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はい、ご迷惑おかけして申し訳ございませんが――はい、はい。ありがとうございます。どこかで埋め合わせを――わかりました。ではプロレス技三回分受け入れるということで、はい、はい。よろしくお願いいたします」
その日、景一たちを見送り小日向を家に送り届けたあと、俺はバイト先である喫茶店『憩い』の店長に電話をかけていた。原因は小日向の勉強が全然間にあいそうにないからである。
というわけで店長に今週の土日のどちらかに休みが取れるか確認していたのだが、『学生は勉強が本分だろう』ということで、二日とも休むように言われてしまった。
店長はプロレス技三回分と笑って言っていたが、そんなもの無くとも技はいつも受けているので問題なし。つまりはお咎めなしということだ。
「これで土日も小日向の試験対策ができそうだな――三人とも別に用事はないって言っていたから、俺の家に呼んだら来るだろ」
俺も小日向に教えているとなんだかんだ復習になっているから、学年順位は上がりそうな気がするんだよなぁ。結果オーライといえばそうなのかもしれない。
小日向は理解するのが早いし、何も問題なく進めば赤点は余裕で回避できるだろう。きちんと説明できるよう、俺ももう一度勉強しなおしておくかな。
のちに、俺は気付くことになる。
この週末にバイトを休んだことが、俺と小日向の関係を大きく変化させる分岐点になっていたということに。
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