第48話 頭スリスリ頭スリスリ
そしてやってきてしまった水曜日。
学校の授業は試験に向けたものがほとんどになってきていて、クラスメイトたちも「全然勉強してねー」だとか、「まぁなんとかなるっしょ」といった感じで、会話の中身も試験に対するモノが増えてきていた。
中学の頃と違い皆どこかに余裕が見えるのは、おそらく影で勉強しているか、試験対策などせずとも点数を取れる頭脳の持ち主だからだろう。このあたり、同じ学力の人が集まる高校ならではだなぁと思う。
そして予定通りに体育祭の実行委員たちも動き始めたようだ。
昼休みの校内放送ではしっかりと放課後に集合する旨を放送委員が伝えており、景一と冴島は揃ってその放送に耳を傾けていた。
さて、これで俺と小日向が二人きりで勉強することが確定したわけだ。やはり実行委員が集まるのは来週から――なんてことはなかった。
さすがに「俺の自制心のため」という理由で、新たなメンツをこの勉強会に加えようとは思わない。そのせいで小日向が集中できなかったら本末転倒である。
別に『二人の時間の邪魔をされたくない』なんて他意はないからな。
本当だからな!
はたして俺は「小日向と二人きり」というこの状況を喜ぶべきなのか否か――思春期の男子としてはこの上なく嬉しいけれど、一緒に進級してほしいと思っている友人としては……どうなんだろう? わからんな。
ともかく――だ。この期間中、俺は小日向の点数のことに集中しなければならない。
そして試験が終わったら……次にやってくる期末試験で焦らなくていいように、小日向に普段からちょこちょこ勉強してもらうように――ってあれ? 結局また小日向の試験対策することになるのか。まぁその時は体育祭も終わって景一や冴島もいるだろうから、特に何かを心配することなく、楽しく勉強できると思うけど。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
小日向が俺のマンションへやってきた。
帰り際に景一が「しっかり勉強もするんだぞ」と、まるで勉強が主体じゃないような言い方をしてきやがった。この状況でゲームなどする余裕はないぞ。事態はわりと深刻なのである。
そしてもちろん、小日向といちゃいちゃするようなこともないだろう。そもそも俺たちは恋人じゃないんだから、言うまでもない当たり前のことなんだけどな。
「小日向はとりあえず暗記をしようか。数学は公式さえ覚えていれば応用はできるみたいだし、歴史の年号なんかは語呂合わせでもなんでも、覚えやすい方法でいいから」
いつも通り俺は小日向の隣に座って、これからの彼女の学習方針を伝える。距離は近いけど、この場所が一番勉強を見やすいのだから仕方がない。これは不可抗力である。
彼女は俺の言い分に反論することもなく、コクコクと頷いて肯定の意を示した。
それから小日向はチラッとこちら見上げて、俺の肩に自分の頭をスリスリ。
髪がさらさらと動いた影響か、シャンプーとか柔軟剤が混じったようないい匂いが俺の鼻腔をくすぐってきた。頭を撫でたい衝動が俺を襲うが――太ももをつねって我慢した。俺、えらい。
やれやれ……これではまるで付き合いたてのバカップ――って違う違う! 俺と小日向の関係はあくまで血のつながった父と娘であって――じゃない! ただのクラスメイトだわ! 何を混乱しているんだ俺は!
頭スリスリ――ただのクラスメイトとして不適切な行動とはいえ、このとてつもなく可愛い生き物の行動を阻害するという、非人道的行為をとることはごく一般的な小市民である俺にはとても難しい。
咳払いをして、場の空気を整えることぐらいしかできなかった。
「――コホン。ちゃんと勉強できたら頭突きでもなんでも気のすむまでしていいから、とりあえず集中しろよ。お前が一緒に進級できなかったら冴島が悲しむぞ」
もちろん俺も、そしてきっと景一も寂しがるだろう。
というか身近にいる俺たちに限らず二年の何割かは悲しみそうな気がする。KCCの連中は卒業するから関係ないけど。
俺の発言に対し、小日向は「いま、なんでもって言ったよね!?」と言いたげに目をギラギラと光らせている。まるで飢えたハイエナが獲物を見つけた時のようだ。いったい何を考えてやがるんだこのちっこいの。
俺の言葉がやる気に繋がったのなら良かったとは思うけど、はたして俺に頭突きができることがそんなに嬉しいものなのかね……それとも全く別の何かを要求するつもりなのだろうか……? わからん。わからんことは考えても仕方がない。
「俺も勉強するか――わからないところがあったらその都度聞いてくれ。俺は復習がてらノート見るぐらいだし、邪魔してるなんて思わなくていいからな」
俺がそう言うと、小日向はコクコクと頷いたあとに、また頭をスリスリ。
なんだか小日向さん、今日はいつにも増してスキンシップが多くないですかね? 可愛いからいいんだけど、俺の理性的にはあまりよろしくないのですよ?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それから二日間。
小日向は学校でも真面目に授業を受けており、さらに俺の自宅でも意欲的に勉強に取り組んでいた。時々ノートに落書きをしていたけれど、それもほんの少しだけである。
これが俺の「なんでもしていい」発言の成果なのかはわからないが、赤点は回避できるであろうレベルにまで達してくれたのは事実だ。よくできました。
あとはこの土日で小日向の成績を平均あたりまで持って行くことができれば上々といったところなのだが、週末を前にしてひとつイレギュラーな事態が発生してしまった。
実行委員の活動で景一と冴島がこれなくなった――というわけではなく、急きょ勉強する場所が変更になったのである。メンバーは予定通り四人のままだ。
そしてその変更になった場所とは――小日向家。
なぜか俺は勉強会のついでに、彼女の母親に挨拶することになってしまったのだった。
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