第11話 合流




 学食の掃除を終えた俺は、叔母の朱音さんに事情を話して食事を持ち帰れるようにしてもらった。待たせているのが景一ひとりだったならば、学食に来てもらって話をしながら食事を済ませるのだが、本日はそうも言っていられない。


 関わりの薄い女子二人を待たせながらのんびりしていられるほど、俺は図太い神経を持ち合わせていないからな。

 ……しかし本当にこの展開は予想してなかった。


 冴島と小日向が学校で関わってこなかったのは、まさに嵐の前の静けさだったってわけか。景一もよくやるよ。


 俺は掃除用具を片付け、食堂で働いている人たちに挨拶をしてから、叔母が用意してくれたパック詰めのかつ丼を鞄に収納。

 友人たちが待つ教室へと、早歩きで向かって行った。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 二年C組の教室の扉を開けると、他のクラスメイトたちはすでに帰宅、もしくは部活に向かったようで、そこには見知った三人しかいなかった。なぜか景一は教卓の前に立っていて、冴島と小日向は前列の席に座っている。授業でもしてたのかよ。


「おつかれ!」


「お、おつかれさま」


 教室に入ってきた俺に対し、景一は笑顔で、そして冴島は申し訳なさそうな表情を浮かべて言う。ちなみに小日向はいつもの無表情でこちらにスマホを向けていた。遠いから見えない。


「えぇっと……『おつかれ』、か」


 近づき、俺が代わりに読み上げると、小日向はコクコクとどこか嬉しそうに頷く。無表情なのになぜ嬉しそうに見えたのかは、俺ですらもわからない。頷きの速度か?


「三人とも待たせて悪いな。といっても、事前に話してくれていたなら、色々とやりようはあったんだがな」


 別の日に掃除をして、今日は食事だけもらうとかさ。


 俺は秘密裏に計画が練られていたことに対し、不満があることをほのめかして言う。

 なにしろ俺はいままでの人生で女子を家に入れたことなんてないんだぞ。


 一時は「関わるな」と言った二人だけども、同級生の女の子が家に来るというのならば、ちょっとしたお菓子を用意したり、消臭剤を買ったり、見られてマズい物がないかチェックしたりと、年頃の男子高校生には準備が必要なのだ。


「まぁまぁ、内緒にしておこうって言ったのは俺だからさ。むしろ二人は智樹が困るんじゃないかって心配してたんだぞ?」


「やはりお前が戦犯か景一!」


「はははっ、今度学食おごるから許してくれ」


 こいつはすぐに俺を食事で釣ろうとしやがる……とてもありがたい。


「特定食な」


「本当に躊躇ないよな智樹! おごる前にストックが増えちゃうんだけど!?」


 これで二つ目の特定食か。貯金しているみたいでなんだか気分が良い。


 景一に判決を言い渡した俺は、居心地の悪そうにしている女子二人に視線を向ける。そして肩を竦めた。


「本当に前あったことはもう気にしなくていいんだぞ? これは俺の問題だからな」


 女子二人――特に冴島は、勘違いで俺を責め立てたことを未だに悔いているようなので、なるべく穏やかな口調になるように意識して言う。


 少しは人の話を聞くように反省して欲しいが、ここまで俺に罪悪感を覚える必要はないのだ。もちろん、バイト先にくる必要も、家に来る必要もない。

 だが俺の言葉を聞いた冴島は、なぜかちょっと照れたような顔つきになった。


「もちろんその気持ちはあるんだけどね。男子の家に行くのって初めてだから、単純にちょっと楽しみなんだ」


 なるほどね……好奇心もあるってわけか。しかし冴島が男の家に行ったことがないとは、少し意外だな。


「冴島って彼氏とかいないの?」


「うん。……あんまり興味ないかな」


 俺のぶしつけな問いに、彼女は少し困ったような表情で答えた。


 冴島の容姿と性格ならば、男子に告白されたりしていてもおかしくないと思うのだが、何か理由があったりするのだろうか? 結構な面食いとか?


 少し気になったものの、これ以上ツッコむつもりもないので、俺は視線を小日向に向ける。すると彼女はコクコクと頷いていた。

 冴島と同様、恋愛に興味がないということだろうか。これはなんとなく予想通りだけど。


 小日向に彼氏がいたらちょっとショックかもしれない。

 ――はっ、もしやこれが娘を想う父親の心境なのだろうか!? いや違うだろ。


「小日向も男の家は初めてか?」


 心の中でセルフノリツッコみをしながら小日向にそう問いかけると、彼女はコクリと頷いた。


「言っておくが俺の家にきても、やることっていったらゲームぐらいしかないぞ? 一応コントローラーは四つあるから、全員でできることはできるけど。そんなんでもいいのか? 女子が普段何して遊ぶとか、悪いが俺は知らない」


 コントローラーが四つ常備されているのは、別の高校に行った小学校からの友人二人が、いまでもたまに遊びにくるからだ。長い付き合いである。


「もちろんいいよ! 私もゲーム好きだから、明日香の家でたまにするし」


「なら良し。じゃあゲームするってことで、小日向もそれでいいか?」


 小日向に確認すると、彼女は大きく頷く。そしていつか貰ったアメを手渡してきた。

 腹が膨れるわけではないが、このアメは嫌いじゃない。これも小日向の言葉の一種みたいなものだしな。

 


 

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