第10話 二人が家に?





 土日が終わり、また学校が始まった。


 新しいクラスとなってまだ日は浅いものの、徐々にその風景にも慣れてきている。


 あいつはちょっとお調子者なんだな――とか、あそこのグループは真面目そうだな――とか。ほぼクラス全体が見える後方の席にいるから、自然とそういうことにも詳しくなる。


 授業中の小日向は、正直あまり視界に入らない。


 興味がないとかそういう意味ではなく、彼女の後ろには体格のいい男子生徒がいるので、その小さな体は完全に隠れてしまっているのだ。


 そして授業の合間の休み時間になると、小日向はクラスメイトに話しかけられたりしている。昼休みには冴島が訪れることもしばしば。


 だが、俺や景一は男子とばかり話をしているので、彼女たちと会話をすることはない。景一がたまにクラスの女子に話しかけられているが、だいたい俺は寝たふりをしているし。


 そんなわけで休日には関わりのあった女子二人は、月曜から金曜日――学校がある日は一度も俺と話すことはなかった。




「ちなみに二人が話しかけてこなかったのは、話し合って決めたことだからな」


 金曜日の授業と掃除を終え、終礼までの間に帰宅の準備を進めていると、唐突に景一がそんなことを言ってきた。


 ちなみに俺はこの後さらに学食の掃除が待っている。

 30分の軽い労働で美味いメシが食えるのだから、放課後だろうと喜んでやるさ。


「いきなりだな。というか当事者の俺が知らないとはどういうこった」


「だって智樹、仮に知っていたとしても『好きにすれば』みたいな感じだろ? もしくは『わざわざ気に掛けないでいい』とか。言わない方がスムーズだ」


 ………よくわかっていらっしゃる。

 長い付き合いとはいえ、ここまで俺の考えを正確に当てられるとちょっと不気味だ。ひょっとして景一、俺のファンか? 機会があればおでこにサインでも書いてやるか。


「智樹にあの二人が話しかけてきたとして、そこに他の女子も混ざってきたら厄介だろ?」


「そりゃもちろん。小日な――あいつだったら10人ぐらいいても平気なんだけどな。話しやすいし」


 苦手が沈静化してきているとはいえ、やはり多数の女子を前にすると気が滅入ってしまうからな。なお、小日向は例外である。


 机の上に通学バッグを乗せ、俺はそれを枕にして突っ伏した。

 明確に彼女たちの名前を出さないのは、教室で万が一誰かに聞かれたら面倒だと思ったからだ。


 冴島はともかく、クラスの愛されキャラである小日向が、休日に俺と会っている(こっちは仕事だが)などと噂されたら、どこから敵が湧いてくるかわかったモノじゃない。

 俺の言葉を聞いた景一は、どこか感心した様子で頷く。


「あぁ……なるほど。なんとなくだけど、あの子が智樹に懐いてる理由が分かった気がする」


「? 別に懐いてないだろ?」


 アメを貰ったのはお詫びの印と言っていたし、休日に職場に来たのは景一の差し金だったはずだ。どこにも懐いていると判断する要素はないと思うんだが。


「俺はあの二人と苦手克服会議で話すことがあるから……色々聞くんだよ。まぁそれはいいとして、智樹はあの子と『話しやすい』って思うんだよな?」


「そりゃな」


 景一には前にもそんな話をした気がするが、再度肯定する。


 俺にとってあの子以上に話しやすい女の子はいないだろう。

 男子と比べたらそりゃ意思疎通は難しいかもしれないが、小日向とのコミュニケーションは別に苦ではない。むしろ攻撃性がないから、安心できる。


 というか苦手克服会議って――わざわざ名称までつけるなよ。


「話しやすいって思ってるの、彼女の周りには智樹ぐらいしかいないんじゃないか? 普通は喋らない人に対して『話しやすい』って感想は出てこないだろ。声が出せない病気ってわけでもないみたいだし、スマホ使って文字を書くのも、必要に駆られてって感じだったからな」


 バイト先で『来たぜ!』と見せてきたのは果たして必要なことだったのだろうか……?

 そんなどうでもいいことが頭に思い浮かぶ。


「たぶん智樹のそういう気持ちが、あの子にも伝わってるんじゃないか」


 伝わっているというか……面と向かってそんなことを言ったな。小日向と話すのは落ち着くとかそう言う感じで。


 ……よくよく考えると俺、結構恥ずかしいことを言ってないか?

 小日向が恋愛とか――そういうことに無関心そうだから、俺もあまり気に掛けなかっただけなのかもしれない。


「別に伝わっていようとそうでなかろうと、俺は何もしないよ」


 身体を起こし、俺は前方で男女に可愛がられている小日向を見る。彼女の後ろ席の男子生徒は現在別の場所にいるようで、顔を上下左右に動かす小日向の姿が見えた。


 俺は彼女の特別な人ではないし、彼女は俺の特別な人ではない。


 少し話しやすいだけで、たまたま同じ教室に通うことになった同学年の生徒にすぎない。距離が離れたとしても、何の問題もないはずだ。


「バイト先にも無理にこようとするなよ。冴島には『売り上げに貢献してくれ』なんて言ったけど、高校生が毎週払うには高い金額だからな」


 俺がそう言うと、景一は腕組みをして目を閉じ、「そうなんだよな」と頷いた。


「それは苦手克服会議の議題にもなっていたんだ、俺はともかく、あの二人は親の小遣いしかないからな。このままでは続かないと」


 いったいこいつらはいつそんな会議を行っているのだろうか。不思議だ。


「だから別に続ける必要はないって」


 呆れ混じりに言うが、景一は俺の言葉を聞き入れるつもりはないようだ。

 話題を変えようとしたのか、景一は唐突に――


「今日は学食の掃除以外に予定ある? 遊びに行っていい?」


 と、そんなことを聞いてきた。はぐらかす手法が雑すぎる。

 俺はため息を吐いてから「別にないよ、暇してる」と答えた。


「よし! じゃあ遊ぼうぜ!」


「了解。景一は教室で待つか? いつもどおり30分は掛かるぞ」


「そうする。俺たちを待たせてるなんて思わなくていいからな」


 笑顔でそう言う景一。

 ――ちょっと待て。こいついま、なんていった?

 俺の聞き間違いでなければ、「俺たち」と言ったように聞こえたんだが……。


 もしかしてさっきの話は、景一が無理やり話題を切り替えたわけではなく、単に話の延長だったのではないか……? そんな考えが脳裏に浮かぶ。


「まさかとは思うが……あの二人が家に来るとか、言わないよな?」


 俺が恐る恐るそう問いかけると、景一はニヤリと口の端を吊り上げるのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る