第70話 むいーんむいーん



 親父の予告通り、火曜日の夜に俺の家にはいくつかの段ボールが届けられた。

 包みが複数個あるといっても、これらは全てダブルベッドのパーツである。俺の愛用していたシングルサイズのベッドは業者に引き取られてしまい、その日のうちに組み立てなければ、俺はベッドが無い状態で一日過ごさなければならなくなってしまうという状況になった。


 しかし俺もバカではない。そして慎重な性格をしている。

 というわけで、景一をあらかじめ準備しておいた。用意周到。


「付き合ってる俺たちより進んでるってどういうこと?」とニヤニヤしながら言われたけれど、俺の意思じゃないし、「親父の独断だ」と説明することで難を逃れた。ちなみに手伝い賃として弁当と飲み物を進呈。


 で、数日の間、俺はスペースを持て余した状態でベッドを使用し、ついにその日がやってきた。小日向、お泊まりデイである。


「じゃあ明日香のことよろしくね。何かあったらいつでも電話していいから」


 土曜日の夜の九時頃。

 小日向を車で送り届けてくれた静香さんが、車の窓から語り掛けてくる。


 小日向はウサギさんスタイルの状態で俺のジャージの裾を握り、ふすふすしていた。この格好の小日向は可愛すぎるのであまり人に見られたくない。


「ありがとうございます。明日香さんのことは俺が責任もって預かるので、唯香さんにもよろしくお伝えください」


「はいはい。っていうか、今時の高校生ってしっかりしてるよねぇ。そんな言葉よくスラスラでてくるもんだ」


 俺の返答に対し、静香さんは感心したように頷きながら言った。


 しっかりしてる……か。特に意識したことはないけど、強いて言うならば朱音さんとか店長とか、年上の人と話すことが多いからだろうか? わからん。


 その後、静香さんがちょいちょいと手招きしてきたので、俺は首を傾げながら顔を近づけてみる。すると――、


「今夜はお楽しみですか?」


 俺だけにしか聞こえないような小さな声で、そんなことを言ってきた。


「寝るだけですから」


「……と口では言いつつも?」


「なに変な方向に誘導しようとしてんですか! あんたの妹でしょうが!」


「あっはっはーっ! それぐらい気軽な方が年相応だよ」


 ケラケラと笑った静香さんは、俺が返答する間もなく「じゃあね~」と手を振りながら去っていく。取り残されたのは、大人にからかわれた哀れな少年と、状況を理解していないウサギさん。


「……行くか」


 俺はため息を吐いてから、小日向へ視線を向けて声を掛ける。彼女は俺を見上げてコクコクと頷いた。表情はわかりづらいが、ウキウキしていそうなことはなんとなくわかる。


 月曜から金曜日は学校で会えるから、土曜日の夜に俺の家に泊まれば実質毎日会うことになるわけだ。なるほど、理に適っている。


 そこまで俺に会いたいと主張されたら、小日向も実は俺のことが好きなんじゃないかと勘違いしてしまいそうなんだよなぁ。勘弁してくれ。



 小日向を寝室に案内すると、彼女は部屋の中央で停止した。眉を上げ目を見開き、おニューのダブルベッドを凝視している。それからその表情のまま俺の顔を見て、再びベッドを見る。そしてまた俺の顔を見て――と、しばらく首を動かし続けていた。


「親父が買ってくれたんだよ。二人で寝るには少し狭いから、ちょうど良かったな」


 すると小日向は、まるで「おぉ~」と言いそうな感じで口を縦に広げて、ベッドをまじまじと見つめる。初めて見る表情だ。可愛すぎる。お持ち帰りした――いや、すでに俺の家なんだが。


「好きに乗っていいぞ」


 許可を求めるようにこちらを見上げてきたので、俺は苦笑しながら言葉を掛ける。


 すると小日向はすぐさまテテテと速足でベッドに向かい、ぼすんと顔からベッドにダイブした。そして身体を捻ってその小さな体躯をベッドの中央へと移動させる。


 身体とベッドのサイズ感が違い過ぎて、なんだかお姫様が使っているベッドみたいに見えてくるな。上部に天蓋とかつけたら雰囲気がマッチしそうだ。中にいるのはウサギさんだが。


 興奮した様子でパタパタと手と足を動かす小日向を眺めながら、俺もベッドに腰かける。彼女はその場で仰向けになるように転がって、俺の顔を見てふすふす。

 はいはい天使。


「…………」


 俺は無言のまま、無表情の小日向の頬をつまんでみた。両手で。


「ふむ」


 別に柔らかさを堪能したいわけではない。いや、その気持ちも四割ぐらい――六割ぐらいはあるかもしれないけど、どうにかして彼女の表情が戻らないかと強硬手段に出てみたのだ。


 むいーんむいーんと引っ張ってみたり、上げたり下げたりしてみて、小日向の表情筋を動かそうと試みるが、彼女はキョトンとした様子で俺を見るだけで感情はよくわからない。


 これで小日向の表情が戻れば、俺も心置きなく彼女に気持ちを伝えられるのだけれど……さすがにそう簡単にはいかないか。というか小日向、されるがままだな。


「怒った?」


 いちおう確認してみると、小日向は頬を掴まれたまま小刻みにぷるぷると首を横に振る。怒ってはいないらしい。


 本当ならこんな風に小日向に嫌われる可能性がある危ない橋を渡りたくないのだが、そんな悠長なことを言っていられないのだ。なにしろ、もうすぐ期末試験がやってくる。おそらく、またお泊まり週間となるのだろう。


 それだけならばまだ良かったのだが――。


「……もうすぐ夏休みだな」


 半ば無意識に出た言葉に対し、小日向は嬉しそうに鼻をふすふすと鳴らした。お前は楽しそうでいいですねぇ。


 やれやれ――彼女の表情が戻ってくれないと、思春期の男子高校生の耐久力が持たないかもしれないぞ。勢い余って、告白してしまいかねない。




~~作者あとがき~~


いつもお読みいただきありがとうございます! 作者の心音ゆるりです。

これにて、二章が終わりとなります。

今回の章では、智樹くんと小日向ちゃんの関係性が大きく前進するような感じでしたね! そしてようやく智樹くんが自分の気持ちに気付いたようです。

第三章からはいよいよ夏休みに入っていくわけですが、まぁ、察しの良い皆さんならわかりますよね……学校で智樹くんに会えなくなる小日向ちゃんがどういう行動に出るのか……

というわけで、第三章もお楽しみに!


いいね、フォロー、コメント、レビューなどなど、どうぞよろしくお願いします!(o*。_。)oペコッ

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