第134話 小日向無双、再び




 中庭の屋台で行われていた、ボール投げの催し。


 プラスチック製の軽いボールを投げて、景品の写真が貼られた小さな箱を落とすという遊びだ。金額は一回五球で二百円。祭りの射的と一緒で、一度の挑戦ごとに元の位置に戻されてしまう仕様のようだ。


 面白そうではあるが、受付をしている店員が店員だけに回れ右したい……だけど小日向はやる気満々なんだよなぁ。まぁ人目もあるし、変なことにはならないと思うが。


 白木副会長に挑戦料のお金を手渡した小日向は――副会長は「家宝にします」と言っていた――カラフルなボールを五つ受け取り、ぽいぽいと俺のお腹に向かってボールを投げ始めた。


「……何をやってんだ」


 俺は景品ではないぞ小日向。

 五球全てを俺に投げ終えた彼女は、ニヤリと笑って抱き着いてくる。


「……はいはい。お前のもんだよ」


 恥ずかしいけれど、それ以上に小日向が可愛すぎるので羞恥心はどこかへ吹き飛んだ。

 俺の胸に頭をぐりぐりとこすりつけた小日向は、地面に転がるボールを回収。会長たちが待つ屋台へと向き直った。


「ぐふ――あと一時間ぐらいは続けても構わないぞ? 血の在庫はまだある」


「そうですね。私も一向に構いません――すみません会長、そこのティッシュとほうれん草をとってください」


 鼻をつまみつつそんなことを言っている会長たちは無視することにして、俺は小日向に「どれを狙うんだ?」と問いかけてみる。


 彼女は景品が並べられた棚を見渡してから少しの間悩んだのち、一つの大きな箱を指さした。どうやら漫画二十冊セットを狙うらしい。有名な某スパイ漫画だ。


「おぉ、いいな。俺も見たことなかったから、もし取れたら俺にも見せてくれよ」


 そう言うと、小日向はスマホを操作して『一緒に見よ』と提示。可愛い。


 小日向と二人羽織状態で読書する未来を妄想しながら頭を撫でると、小日向はさらに張り切った様子になり、ふすふす鼻息を鳴らしながら景品に鋭い視線を送る。


 ちなみに会長と副会長はいつの間にか地面に血だまりを作って倒れ伏しており、受付が男子に変わっていた。


「普段はまともなんだけどなぁ……あぁ、すまん。こいつらは使いもんにならないから俺が見とくよ。一応いっておくがこのボール投げ、マジで難易度高いぞ? 未だに景品取得者ゼロだからな」


 その三年の先輩は「一回俺が投げるから参考にしな」と言って、ボールを景品に向かって力強く投擲。箱のど真ん中当たったけれど、箱は少し動いただけだった。


 どうやらこの先輩、野球部のピッチャーらしい。


「俺でも落とせるが五分五分ってところだから、女の子だと五球全部ベストな場所に当てたとしても、ちょっときついかもしれないぞ」


 やれやれといった様子で肩を竦める三年の先輩。


 野球部のピッチャーが無理なら、いくら運動センスがずば抜けている小日向といえど無理があるのでは? そう思っていたのだが、いつのまにかタンカに乗せられて運ばれようとしている会長が「考えが甘いな」と弱弱しく口を開く。


「このゲームは神――小日向二年がクリアできる難易度で作られている。他の人間には不可能だ。お前が例外ぐらいだぞ」


「そんなもん文化祭の出し物に出すんじゃねぇよ!? というか、この子そんなに凄いわけ? まだとなりの男子君のほうが見込みあるんじゃね」


「ふ――無知とは悲しい物ですね東城くん」


「俺はクラスメイトが鼻血出し過ぎて運ばれていくことが悲しいよ」


 少しこの先輩――東城先輩に同情してしまった。可哀想に。

 東城先輩は会長と副会長が運ばれていくのを見送ってから、小日向と俺に「少し後ろにずらしてやろうか?」と問いかけてきた。優しい先輩だ。


「…………(ぶんぶん)」


 しかし小日向はそれを拒否。どうやらこのまま挑戦したい模様。


「そっか。力づくで落とすのは無理そうだから、倒すのを狙ったほうがいいだろうな。どれも倒れたら落ちる場所に置いているから」


「なるほど……小日向、いけそうか?」


 俺は腰をかがめて小日向に聞いてみる。すると彼女は左手にボールを抱えて、右手の親指をニョキっと立てた。いけるらしい。


「よし、じゃあ頑張れ。女の子が無理だったら、君も挑戦してくれよ。誰か景品を落としてくれないと、うちの売り上げがやばいからな」


「ははは……了解です」




「え、えぇ……マジで? そんなことある? 君、前世スナイパーとか?」


 景品は呆気なく小日向の手によって落とされた。棚から落ちて転がる箱を、東城先輩は信じられないと言った様子でまじまじと見ている。


 驚くのも無理はない。

 小日向の技量を何度も目にしている俺ですら、今回のテクニックにはさすがに呆然としている。


 渡されたボールは五球だったが、景品の箱にボールが当たった回数はその倍の十。


 全てのボールは箱の上端にヒットし、上へと跳ね上がったボールは再度箱に衝突。ぐらつく箱は元の位置に戻ろうとするが、そこに再度小日向がボールを当てる。そしてまた上に跳ね上がり、落ちてくる。


 それを五回繰り返したところ、箱は後ろにパタリと倒れ、景品の写真が貼られた箱はなすすべなく落下した。


 そんな超絶技巧を披露した小日向が、褒めて褒めてと言わんばかりにふすふすしながらすり寄ってきたので、俺は言葉を失ったまま頭を撫でた。小日向は俺の手の平に頭をぐりぐりとこすりつけてくる。可愛い。


「ん? どうした?」


 ひとしきり俺の手の平を堪能した小日向は、内緒話でもしたいのか、口の周りに両手を配置して俺をジッと見てきた。


 もしかして何か声を聞かせてくれるのだろうか――と、ドキドキしながら小日向の顔の位置が揃うように腰を曲げると、頬に少しひんやりとした感触。そして「ちゅっ」という微かな音が聞こえてくる。


「……外でするなとは言わないから……学校の中では止めような?」


 顔が熱くなるのを堪えつつ言うと、小日向は視線を明後日の方向に向けながら「ぷすーぷすー」と鳴らない口笛を披露。脳天に軽く手刀を落とすと、彼女は楽しそうにふへへと笑った。全てを許した。



 ちなみに、受付をしてくれた東城先輩はいつの間にか地面に転がっており、そのすぐ横には血文字で「俺も逝く」などという言葉が記されていた。

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