第94話 いざ、夏休み!



 七月二十一日、木曜日。

 本日は桜清学園の一学期最後の日である。


 赤桐家の別荘にお邪魔することが決定してから本日に至るまで、日程のすり合わせだったり、どうやって行くのかって話だったり、向こうで何をしようかって話だったり――基本的に俺たち四人の話題は旅行の内容で持ち切りだった。それだけ全員が楽しみにしているということだろう。


 で、肝心の日程はというと、八月一日から八月三日――つまり二泊三日である。

 親父は七月三十日にこちらに帰ってきて、八月四日までこちらに滞在する予定だ。一週間近くも休んで大丈夫なのかとおも思ったけど、夏季休暇というものがあるらしく問題ないとのこと。


 閑話休題。


 終業式を経て、いつものメンバーが俺の家に集まった。

 テーブルを囲んで話す内容は、もちろん別荘にて過ごす二泊三日のこと。


「赤桐さんが別荘にバーベキューのセットが置いてあるって言っていたから、俺たちは食材の準備とか? 木炭とか燃料があるかも聞いてたほうがいいかもな」


「そうだねぇ。じゃあそれもお願いしていい?」


「あぁ。ちゃんと連絡とって、ダブらないように気を付けるよ」


 基本的に、大学生組と高校生組のやりとりは、俺と赤桐さんが行っていた。

 姉妹である静香さんと小日向に任せても良かったのだが、全てを任せきりになってしまいそうなので、静香さんたちが家にお見舞いに来たときに俺が名乗りでたのだ。


 何度か赤桐さんとチャットをしていてわかったことなのだが、彼は本当に見た目通りの性格をしており、とても穏やかな人柄のようだ。それでいてどっしりと構えている部分もあり、精神年齢は高めな印象を受けた。なお、静香さんには逆らえない模様。


「バーベキューにビーチバレー、あとは花火と……海で泳ぐとか?」


「まぁそんなところだろうなぁ。二日間遊びっぱなしだとやることなくなりそうだし、旅行らしくのんびりしていいかも」


 俺と景一がそんな話をしていると、俺の足の間に挟まり、自身の足を抱えて座っている小日向がコクコクと頷いた。


「小日向は他にしたいことあるか?」


 そう問いかけてみると、彼女は俺の胸に背を預けて、唇に人差し指を当てる。どうやら悩んでいる様子。

 小日向の頭を撫でながら反応を待っていると、景一カップルがこちらをジト目で見ていることに気付いた。


「なんか明日香たち、また距離感近くなってない?」


「俺も思った。たぶん前の智樹が熱を出したあたりからだな」


 景一はそう言ってから、俺の目を見てニヤリと口角を上げる。うぜぇ。


「でもすでに一緒に寝てるみたいだしハグもしてるし――これ以上って言ったらキスぐらいしかないよね? さすがに付き合ってない状態でそれはないんじゃないかな」


「桜清学園バカップル筆頭の小日向と智樹だぞ? ほっぺとかおでこなら十分にあり得る」


「あぁ……それはたしかにありそうだね」


 ちぃっ! なんでお前らはそんなに勘が鋭いんだ! というかバカップル筆頭とか言うんじゃない! そもそもカップルじゃないんだよ俺たちは!


 幸い小日向は考え事に夢中で彼女たちの会話に気付いていないようだった。口元に指を当てたポーズのままじっとしている。多分聞こえていたら耳を真っ赤にして顔を俯かせていただろうな。


 たしかに二人の予想通り、あの日から俺と小日向の距離は縮まったと思う。

 なにしろ、あれから小日向は俺の家に泊まるたび、おはようのキスとおやすみのキスを要求してくるのだ。これまで通りにするなんて難しいに決まっている。


 ちなみに、最近は小日向を家に送り届けたとき、彼女は家の前で俺におでこを突き出してくるようになった。さすがに外でするのは恥ずかしいから諦めてもらっているけど。いつかは彼女の思い通りになってしまいそうで恐ろしく思う今日この頃。


 彼女がもしキスを唇に要求しはじめたら、さすがに家族愛ではないと断言してもいいと思うのだが、現状そうはなっていない。小日向に聞いてみたところ、どうやらパパさんからもおでこへのキスはされていたみたいだし、異性愛と決めつけられない状態だ。


 それから、ニヤニヤした視線に耐えること一分弱。


 小日向は何かを思いついたらしく、可愛らしく小さな手をペチンと合わせた。

 そして俺の顔を見上げて、まず後頭部をスリスリ。それから両手を頭上に掲げて、真っ直ぐ振り下ろす動作をし始めた。


 お祈り……? いや違うか。――あぁ、なるほどはいはい。


「スイカ割り?」


「…………(コクコク)」


「それはたしかにアリだなぁ。あの目隠して棒でぶったたくやつだろ?」


 そう聞いてみると、彼女は「それそれ!」とでも言うように勢いよく頷く。可愛い。


「いいねぇスイカ割り! 私もやってみたい!」


「俺も気になるなぁ。バラエティとかで見ると『そんなに難しいか?』って思っちゃうんだよな。実際のところどうなんだろ」


「まぁそれは実際にやって確かめたらいいさ。さすがに大玉のスイカを何個も割ったら食べきれないから、小さいサイズにしないとな。難易度は上がっちゃうけど」


 それでもいいか? ――と、小日向の顔を覗き込みながら聞いてみる。

 すると彼女は、ニョキっと小さな親指を立ててサムズアップ。問題ないそうだ。



 夏休みの宿題もそれぐらい自信満々に余裕アピールをしてくれたらいいんだけど……そうはならないだろうなぁ。


 

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