第93話 夏の予定
少しは身体を動かさないと逆に不健康になりそうだ――という俺の言い分が小日向議会で可決され、二人で掃除、洗濯などの家事を済ませた。
俺の家のことなのに手伝わせてしまって申し訳ないが、小日向がとても楽しそうにしているおかげで、罪悪感も和らいでいる。
そして昼の一時頃、静香さんとその彼氏さんが俺の住むマンションにやってきた。
なんでも、風邪でダウンしていた俺の様子をわざわざ見に来てくれたらしい。それと、なにやら相談事があるそうな。
俺が彼氏さんに向けて簡単な自己紹介をすると、相手も同じように返してくれる。
「話は静香から聞いているよ智樹くん。君には是非会ってみたかったんだ。あ、僕は
「気軽に誠って呼んでやって」
「なんで静香が許可だしてるの。まぁ気を遣われるほうが疲れるから、君の呼びやすいほうでいいからね」
静香さんが連れてきた彼氏さんは、柔らかい髪質の黒髪の青年だった。穏やかな性格が顔を見ただけでもわかるような、ふにゃりとした笑顔で話しかけてくる。
「まずは栄養満点のゼリーと、水分補給用の飲み物――というか、起きていて平気なの? 昨日までは熱が出ていたんでしょ?」
「昨晩にはもうほとんど収まっていましたから――って、わざわざ買って来てくれたんですか? お金出しますよ」
「はははっ、高校生は気にしないでいいんだよ」
赤桐さんはそう言うと、スーッとテーブルの上に置いた食料を俺がいる方へと滑らせる。そしてニコリと笑った。
爽やか系イケメンだ! そして雰囲気が大人っぽい!
聞くところによると、赤桐さんも静香さんも同じ大学に通う三年生らしく、二人とも年齢は二十一歳。学校の同級生と比べると、落ち着き具合が段違いだ。
静香さんは制服を着ていてもおかしくない気もするが。
「そういえば明日香は今日も泊まるの? 着替えと制服持ってこようか?」
俺と赤桐さんのやり取りがひと段落すると、静香さんが小日向に話しかける。
コクリと当たり前のように頷く小日向だが、俺は彼女の頬を両側から人差し指と親指でムニッと掴んで、タコのような唇にさせた。
「今日はさすがに帰宅させます。俺はもうほとんど回復していますし、高校生が連泊するのはあまり感心できることではないと思うので」
俺がそう言うと、小日向はタコ状態のまま俺のほうをグイッと向いて、「なんでなんで」とでも言うように膝をペチペチ叩いてくる。口元はとても可愛らしいが、目と眉は不満を表現している。
「看病は助かったし、泊まりは楽しいけどさ。当たり前になっちゃうより、たまにのほうがありがたみがあるだろ?」
小日向の頬から手を離してそう言うと、彼女は唇を尖らせたまま俺の目をジッと見る。十秒ほど無言が続いたけど、やがて俺の胸に頭突きしてスリスリ。諦めてくれたようだ。
「お泊まりはまた来週な」
「…………(コクコク)」
小日向は俺の身体にピトリとくっついたまま頷く。はい天使。
俺たちはテーブルを挟んだ向こう側に静香さんと赤桐さんがいるのを忘れ、つい二人の世界に入り込んでしまった。病み上がりだから無理もないと思ってはくれないだろうか。
「ねぇ静香。最近の高校生ってこんな感じなの……?」
「この二人が特殊すぎるだけかな」
「だ、だよね……それにしても、これで付き合ってないのか……不思議だ」
尻すぼみになりながら赤桐さんが口にした独り言は、はっきりと俺の耳にも届いてしまった。
――そうです。俺たち、付き合ってないんです。おやすみのでこちゅーもおはようのでこちゅーもしたけど、恋人ではないんです。
だがしかし、告白はしないにしても――いい加減、小日向には説明しておくべきかもしれない。
君の表情が戻ったとき――伝えたいことがある、と。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
小日向が全員分の飲み物をトレーに乗せてテコテコと運んできてくれて、お茶の入ったコップを一つずつテーブルに並べる。彼女は俺の隣に座ると、こちらを見上げるなりふすふすしはじめたので、お礼を言ってから頭を撫でておいた。
「明日香から聞いたんだけど、君ら夏休みに旅行に行きたいんでしょ?」
そんな静香さんの言葉から始まり、赤桐さんも話に混ざってくる。
どうやら、彼氏さんの家は結構なお金持ちらしく、住んでいる家とは別に所有している別荘があるとのこと。その別荘は海岸近くにあり、近くにある他の別荘も親戚たちが所有しているものだから、見知らぬ人が居るということもない。
そしてその親戚たちは、真夏に別荘を使うことはあまりないから、たぶん海辺を貸切状態にできるだろうとのことだった。
「ただ、僕らはまだ成人したてだからね。保護者として頼りないのも事実だ。だから君や景一君、野乃ちゃんのご家族が了承してくれたら――って感じかな?」
と、そんな風に赤桐さんは話しをまとめた。
赤桐さんの説明が終わると、小日向は超がつくほどウキウキモードに突入し、静香さんや赤桐さんがいることもおかまいなしに俺の足の間に挟まり、後頭部をひたすら擦り付けてくる。口を開かずとも「行きたい行きたい」という音声が鼓膜を震わせているかのようだった。
もちろん俺も行けるのなら行きたい。そんな別荘に泊まれるのなら楽しいに決まってる。
というわけで、俺は赤桐さんや他の家族の憂いを断つべく即座に行動――親父にチャットで事情を話し、保護者として付いて来てくれないか相談してみた。
すると、数分もしないうちに「日程さえ調整してくれたらいいよ」と返信がきた。ありがたい。
それから俺はすぐに景一や冴島にも連絡し――結果、俺たちは夏休みに赤桐家の別荘にお邪魔することになったのだった。
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