第114話 祝砲を――いや、まだ堪えろ!



 さて、まだ付き合ってもいない女の子からキスを要求された俺はいったいどうすべきなのか。


 すでに一緒の布団で寝たり、おでこや頬にキスはしているのだから――と一瞬考えたけれど、やはり唇同士のキスとなると難易度が段違いである。


 そしていままでの俺たちの関係は、父と娘の関係と言われても納得できるレベルのものだった。どれぐらいの割合の家族がそんなに仲が良いかはわからないけど、ゼロというわけではないと思うのだ。


 しかし、しかしだ。


 さすがに唇同士でキスはしないだろ。

 これはもう、小日向が俺のことを異性として好きであると確定していいのではなかろうか。つまり仮に俺が小日向に告白したとしても、彼女が実は俺のことを父親代わりと認識していており、関係が壊れてしまう――という心配もない。


 これまでの彼女の行動や反応から、俺のことが好きなんじゃないかと何度も思っていたけれど、いまこの瞬間、唯一抱えていた懸念が取り除かれたのだ。


 そんな風に、頭の中であれやこれやと考えていると、小日向が待ちくたびれた様子で俺の胸を人差し指でぐりぐりと押してきた。


 と、とりあえずはこの状況をどうにかしないとな。


「――わかった、わかってるから」


 とりあえず場を繋ぐためにそんな言葉をつぶやいて、俺はゆっくりと小日向の背に手を回す。一度深く息を吸って、そして吐いて――俺はゆっくりと小日向の顔に唇を近づけていく。


 ちなみに小日向は目を瞑って、「ん~」と言った感じでタコさんになっていた。可愛い。


「――んにゅ」


 彼女の口からは可愛らしい声が漏れ出した。俺のキスに対しての反応である。

 おそらく小日向は、予想した部位と違う場所にキスをされて驚いてしまったのだと思う。


 なぜなら俺がキスをしたのは、小日向の鼻。ぎりぎりになって羞恥心が限界突破したために、そんな場所にキスをすることになってしまった。


 ほ? とでも言いそうな表情でポカンとしている小日向。マジ天使。


「唇はもうちょっと先だな」


 俺は照れ隠しの苦笑いを浮かべながら、小日向の頭を撫でる。

 すると彼女は顔を赤くしながらも、「意気地なしめ~」と言いたげな表情で俺の頬をつついてくる。かなり嬉しそうですね小日向さん。


 唇はダメ――とは言わずに、もう少し先だと言ったのは、今後そういう関係になるということを示唆してのことだ。小日向もきっとわかってくれているだろう。


「お前、人のことをからかってるけどなぁ……随分と可愛らしい声で反応してくれたじゃないか。んん?」


 攻守交替。今度は俺が攻めるターンである。


 攻撃材料は先ほどの「んにゅ」。小日向の声をはっきりと認識するのはこれで二度目になるが、やはり透き通るような可愛い声だった。


 小日向の頬をムニムニしながらニヤついていると、小日向はただでさえ赤かった顔をさらに赤く染め、抗議をするようにペチペチと俺の胸を叩いてくる。それから顔を俺の胸に押し付けて、ぐりぐり。


 ひとしきり俺の身体に臭いを付けた彼女は、ムスッとした表情でスマホをポチポチ。


『練習中だからまだ聞いちゃダメ』


 聞いちゃダメとは結構な難題だな。小日向が喋る瞬間に聴覚をシャットダウンしろとでも言うのか。というか、練習中?


「話すのは嫌じゃないのか?」


 そう問いかけてみると、小日向は再度ポチポチ。


『恥ずかしいけど智樹とお喋りしたい』


「……そう思ってくれるのは素直に嬉しいな」


 声同士の会話だったら、話の流れもスムーズだろう。現状に不満があるわけじゃないが、普通に会話ができるのならそれに越したことはない。そして小日向が俺とお喋りしたいと思っていることが、単純に嬉しい。


『智樹は嫌じゃない?』


「? なんでそうなる?」


『喋らないから心地良いって言ってた』


 ……たしかにそうだったな。だけどあればまだ女性への苦手意識が強く残っていた状態だし、小日向の声ならばもっと聴きたいと思う。


 小日向はあまり自分の意見を言う感じでもなかったから、意見の押しつけもなく穏やか気持ちで過ごせていたけれど、今の俺は穏やかに過ごすことが最善であるとも思っていない。


 どちらかが我慢して意見を押しとどめるよりも、お互いが我儘を言って、それで最終的に丸く収まるほうがいいのではと思うのだ。そうでないと、たぶん一緒にいて苦しくなる。


「それが心地よかったのは、俺の言葉がきちんと伝わるという安心感からがあったからだな。小日向は喋るようになったからって、俺の話を無視したりしないだろ?」


「…………(コクコク)」


「じゃあなにも問題はない。小日向が怖がるようなことはなにもないぞ」


 そう言ってから俺は小日向の頬をむにーっと引き延ばす。可愛い。

 顔を好きなように弄ばれている小日向は、それを気にした様子も無くスマホをポチポチ。


『告白の返事は口でしたい』


 …………、あ、はい。もう告白するってバレておりますのね。なんだこの出来レース。いや、もちろん嬉しいんだけど、それと同じくらい恥ずかしいんだが。


『クリスマスまでには言えるようにするから、智樹はクリスマスに好きって言って』


 もう逃げ場ないですやん。バレバレですやん。「好きって言って」とか相手の気持ちを十割把握してないと言えないですやん。……逃げるつもりは最初からないんだけども。


「……てっきり小日向は、今すぐにでも言ってほしいと思っていたんだけど」


 ついさっき『もう治った!』とか言って、俺に話すのを促していたし。


『自制できなかった。反省』


 どうやら軽く暴走していたようだ。

 その後小日向は俺に『また先走ったら止めて』と書いた文章を見せると、ふすーと息を吐く。今の彼女は冷静モードなのだろう。


「クリスマスがいいのか?」


「…………(コクコク)」


 小日向は首を縦に何度か振ってから、再びスマホを操作し始める。

 彼女が何を入力しているのかが想像できてしまい、俺は思わず笑ってしまった。ふいに笑い始めた俺に首を傾げながらも、小日向はスマホの画面を俺にズイッと向けてくる。


『ロマンチックだから』


 ――そう言うと思ったよ。


 どうやら俺たちの記念日は、十二月二十五日になるらしい。これから期日までの三ヶ月は、これまでとは少し違った関係になりそうだな。


 なにせ『付き合ってください』とお互い口にしてはいないけれど、両想いであるということがハッキリしたのだから。


 

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