第246話 策士小日向



「――ひっ」


 テレビの画面いっぱいに、真っ白な顔の亡霊が映し出されると、冴島は身体を跳ねさせた。身体の前で握っていた景一の腕を、ぎゅっと握りしめている。写真をこそっと撮っておいたので、あとで景一に送ってあげよう。


『あのお化けはきっとチョコが苦手』


 冴島が盛大にビビっているなか、明日香はスマホをいじって画面を見せてくる。お前は随分と平気そうですね。


「チョコ? そうかなぁ……?」


 この映画、『チョコ』なんて単語は一度も出てきていないんですがね。


『チョコたくさん食べたら苦しむ』


「それはお化けも人間も一緒だと思うぞ」


『智樹はどれぐらいなら平気?』


 なんでもないことのように、しかし若干そわそわしながら明日香は質問してくる。

 なるほど……これが本題か。誘導があからさますぎる気もするが、いったんスルーしておこう。


『顔のサイズぐらい?』


「それはデカすぎると思います」


 そんなに食べたらKCCじゃなくても鼻血出るわ。

 俺たちがそんな平和な会話をしている隣で、冴島は「今日も家まで送ってくれるんだよね? 大丈夫だよね? 別に怖くないけどね?」と焦った様子で景一に語り掛けている。温度差すごいなぁ。


『智樹の握りこぶしぐらい?』


「明日香の手のサイズでも、チョコとしては結構大きいぞ?」


『愛の大きさ』


「……そんなに大きいチョコを作ってくれるのか?」


 もはやわかり切っていることなので、俺は笑いながら聞いてみた。しかし、そこで明日香はハッとしたように身を震わせ、首をブンブンと横に振る。


「きゃーっ!?」


 お隣さんは悲鳴を上げているようだが、画面に目を向けている明日香はまったくビビる様子はない。やっぱりお前ホラー得意だろ。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 バレンタインに関して、その日はそれ以上追及はなかったのだけど、翌日も翌々日も、明日香からことあるごとにチョコの話題が振られることになった。

 そして、そんな特殊な日常に加えて、もう一つ大きな変化が周りには起きていた。


「やぁ杉野二年……元気そうで何よりだ」


 授業の合間にトイレに行って、その帰り。

 廊下ですれ違ったのは斑鳩生徒会長だ。彼女は、同じ三年生の女子二人にタンカで運ばれている最中だった。

 普通、学校内でタンカを見る機会はあまりないと思うのだけど、うちの高校ではわりと見慣れた光景である。


「そういう会長は大丈夫そうではありませんね。明日香でも見たんですか?」


「かはっ――!」


 急に吐血した。会長は自ら瞬時に口元にビニール袋をかぶせ、血が飛び散るのを防いだ。

 あまりにも見慣れた景色なので、「大丈夫ですか?」と呆れ混じりに聞いてみる。


「あ、あぁ……じつはすぐそこに絶望の日が迫ってきていてな……それが頭に過っただけで――ぐはっ!」


 また血を吐いていた。いつの間に会長の傍には白衣をきた女性がきており、目にもとまらぬスピードで輸血を開始した。いつ針を刺したのかとか、全く見えなかったんだが。


 それにしても、絶望の日とはいったいなんのことだろうか。大予言でもあったのか?

 いやまてよ……そういえば、もうそんな時期か。


「あぁそうか、先輩たちは卒業するのか」


 ポンと手の平に拳を落としながらそう言うと、会長はさらに血を噴き出した。

 どうやら、図星らしい。


「……あまりその二文字を口にしないでもらえないか……杉野二年。生命に関わる」


 そのレベルかよ。

 まぁ彼女たちの熱狂ぐらいや、現状の出血量からみて、荒唐無稽な話だとは思えないんだよなぁ。相変わらず、ぶっとんだ人々である。


 俺にとっても、そしてきっと明日香にとっても――KCCという組織には深く関わられていた。花火を打ち上げられたりとか、プレゼントを貰ったりとか、イルミネーションをジャックしたりとか……。


 思い返すと、あまり迷惑を掛けられたという感じではないんだよな。


「OBになっても、学校に来たらいいじゃないですか」


 だから、その恩返しというわけではないけれど、そんな言葉を俺は口にした。


「学校はきっと歓迎してくれるでしょう? 昼休みに来たら、俺たちはたぶん中庭で昼食をとっていますから」


 ちょっと話かけられるぐらいなら、明日香も、そして景一たちも笑って迎え入れてくるだろうし。

 さすがに毎日来るなんてことは……ないよな?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る