第247話 バレンタインデー
二月十四日、火曜日。
あっという間にイベント当日がやってきたなぁという想いもあるし、ようやくか、という感じもある。
なにはともあれ、バレンタインデーがやってきた。
進学校である桜清高校も、去年は多くの人が楽しそうにしていた。教師たちも荷物検査をしたりしないし、比較的その辺りは自由だ。
勝ち組と負け組が明確に別れてしまう日ではあるが、希望がない男子も、おそらく心のどこかでは『もしかしたら?』なんて考えているのではないだろうか? 去年は俺もその一人だったし。
まぁひとつ確実に言えることがあるとすれば、今年の俺は勝ち組である。
貰えること自体は、ほぼほぼ確定しているからな。
「おはよう明日香」
「智樹好き」
挨拶の返事が告白だった件。
朝、小日向家にいつも通り迎えに行くと、彼女はこれまたいつも通り俺に抱き着いてきた。そして、このやりとりである。バカップルと言われたら甘んじて受け入れよう。
普段ならば、ここから手を繋いで学校へ向かうところなのだけど、今日の明日香は俺の背に回した手を解くと、ニマニマとした笑みを浮かべながら俺を見上げる。
「実はプレゼントがある」
「お、おぉ、それは嬉しいな。いったいナンナンダロウナー」
百パーセントチョコとわかっているが、明日香的にはサプライズ演出をしたかったようなので、気付かない振りをする。
明日香はごそごそと通学バッグを漁り、俺に綺麗にラッピングされたハート形の箱を手渡してきた。
ピンクの箱に、赤いリボン。サイズはだいたい辞書ぐらいか。
「智樹好き」
「う、うん。ありがとな。俺も好きだよ」
「バレンタインは愛の告白の日」
「なるほど。だから好きって言ってくれてるのか」
「いつもの二倍言う」
「ははは、じゃあ俺もホワイトデーは二倍言おうかな」
笑いながらそう言うと、彼女はニンマリと笑みを浮かべる。
「言質とった」
明日香の言葉が微笑ましくて、余計な言葉を口走ってしまったぁ。
後悔したところで、未来はとくに変わらないのだけども。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
さすがにこの場所でのんびり箱を開封する時間もないので、俺たちは学校に向かった。
またなにかKCCの人たちに何かされるんじゃないかなぁと思ったが、教室に着くまで特になにも起きなかった。意外にも明日香にチョコを渡す人はいないらしい。
たぶん、とてつもない量になりそうだから、各々が自重しているんじゃないかなぁと予想。会長なんかは、歯を食いしばりながらチョコを渡すのを我慢していそうだ。
クラスメイトに挨拶をしながら教室に入り、着席。
そこで、明日香から『開けて』と書いたスマホを見せられたので、その言葉に従いリボンを解いてみることに。
「おぉ……すごい」
パカリと蓋を開けてみると、一口サイズのハート形のチョコが、これまたハート形に並べられていた。手作りとは思えないほど、綺麗な出来栄えである。
「ありがとな明日香、嬉しいよ」
義理チョコは【憩い】の店長とか、叔母の茜さんにもらったことはあるけど、本命は初である。素直に嬉しい。そして、なんだか心があったかい。
『食べてみて』
明日香の要求に従い、一つチョコをつまんで口に入れる。
パキッという音を鳴らして、口の中でチョコが割れる。
どうやら中には、オレンジのジャムのようなものが入っているようで、僅かな酸味が口のなかに広がった。チョコもビターテイストで、完全に俺の好みだなぁ。
「美味しいなぁこれ、うん。めちゃくちゃ美味い!」
素直に感想を口にしたところ、明日香は着席していた状態から立ち上がり、俺の目の前にやってきて抱き着いた。
背中をポンポンと叩き、もう一度「ありがとう」と言う。本当はもっと感謝の気持ちを伝えたいのだけど、適切な言葉がわからないし、行動で示すのは、ここが教室であることを考えると恥ずかしい。
『実はもうひとつプレゼントがある』
俺から離れた明日香は、自信満々のドヤ顔でそんな文面を見せてきた。
「え? マジで?」
これは本当に予想していなかった。
というか、こんなに嬉しいモノを貰っているというのに、まだなにかくれるのか。
バレンタインデー、凄いな。
「使って」
俺の耳元でそう言って、明日香は長い紙のような物を手渡してくる。
その紙はつづら折りになっていて、折り目の部分はちぎりやすいように切れ目が少し入っていた。広げてみると、そこには明日香が書いたであろう文字が一枚一枚に記載されていた。
『明日香といつでもキスができる券』
『明日香がなんでも言うこと聞く券』
それが各五枚ずつ。右下には使用期限が書いてあり、全て一週間後までとなっていた。
き、期間短いなぁ。しかもこれ、絶対余らせたらダメなやつですよねぇ……?
~~作者あとがき~~
次回 『最終話 自販機の前で』
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