最終話 自販機の前で



 自販機をあさる小動物を見た。


「……何をやってんだか」


 五限目と六限目の間にある僅かな休憩時間。俺は明日香と二人で自販機に飲み物を買いに行ったのだけど、そこで事件が起きた――たぶん。

 チョコを渡したことでテンションマックスになっているのか、明日香は学食へ続く渡り廊下をテテテテテと走り、自販機前に到着。そしてすぐに自販機の周りや、下の隙間をきょろきょろと見渡し始めた。


「もしかして、あの時と同じ状況か? これ」


 どこに落ちたんだろうかと右往左往する姿は、いまから一年ほど前に見た光景と見事に重なっている。

 一年前と一緒で辺りに人気はないし、時間帯も同じ。


 だけど、俺と明日香は随分変わったよなぁ。

 あの頃の俺はまだ女性に対して苦手意識があったから、喋らないと噂の明日香にさえ、声を掛けるのに勇気を振り絞っていたし。


「小日向、だよな? 金落としたのか?」


 なんとなくあの日を再現したくなったので、記憶を辿り、同じ問いかけを明日香に投げてみる。

 すると、明日香もすぐに俺のやろうとしていることを理解してくれたようで、ニヤニヤしながら顔を自販機に向けた。無表情にはできなかったらしい。


 というか、そもそも前回と違って今回はお金が落ちる音は聞こえなかったし、明日香もこの日を再現しようとしてこんな行動をとったんじゃないだろうか?

 俺、ナイスプレーだったのでは?


「いくら落としたんだ?」


 あの日をなぞって、さらに問いかける。

 たしか一年前は俺の問いかけを無視して、自販機をじっと見つめていたと思うんだけど、明日香はとても楽しそうにふすふす鼻をならしていた。一年前との違いが凄いなぁ。


「十円か? 五十円か?」


「…………(ぶんぶん)」


「じゃあ百円?」


「…………(ぶんぶん)」


「となると、五百円か。大金だな」


 たしかここで、明日香はコクコクと頷いたんだったよな。

 それで、俺が学食掃除のついでに、拾っておいてやると。そんな流れだった。

 それから明日香との距離が近くなって、ちょっとしたトラブルに巻き込まれたりしつつも、いつの間にか――本当にいつの間にか、明日香が隣にいるのが当たり前になっていたんだよなぁ。


 が、しかし――


「…………(ぶんぶん)」


 明日香はさらに首を横に振った。


「えぇ……どういうことだよ」


 いま俺が言った選択肢にない小銭は、一円と五円だけである。

 一円玉と五円玉は自販機じゃ使えないんだから、そもそも落とさないだろ。


「じゃあいったい何が落ちたんだ?」


「…………」


 ムフムフと前回の笑みを浮かべながら、明日香がコテンと首を傾げる。『なんだと思う?』という声が聞こえたような気がした。

 そして明日香は俺の両手を握って、左右にパタパタと動かし始める。早く早くと催促しているようだ。


「五円玉?」


「違う」


「じゃあ一円」


「違う」


 そう言って、明日香は俺の胸にグリグリと頭突きを開始。

 今日だけでも散々頭突きはしたはずなのに、明日香はこれでもかとシャンプーの香りを俺のシャツにこすりつけてくる。この匂いも、すっかり嗅ぎ慣れてしまったなぁ。


 そんな事を思いつつも、明日香に出された問題を解くために頭を働かせる。

 が、三十秒ほど考えても答えは出てこなかった。


「わからねぇ……降参だ」


 両手を上げて、まいったのポーズをとる。明日香は勝ち誇ったようにニマニマしている。俺の彼女がとても可愛い。


「智樹が落とした」


「――ん? どういう意味だ? 俺は明日香のあとから来たんだから、何も落としてないけど」


「去年の三月に」


 いやいや、さすがに去年の落とし物がいまも残っているはずないだろうに。

 学食内の掃除だけじゃなくて、ときどき自販機周りも綺麗にしているのだし。


「私を落とした」


「……あぁ、そういうことか。なるほど」


 ようやく明日香の言いたいことがわかった。

 わかってしまって、思わず頬が熱くなる。

 つまり、明日香はこう言いたいのだろう。


「俺が明日香の心を射とめて、結果、明日香は恋に落ちたと」


「…………(コクコク)」


 だけど自販機の時点ではそんな感じではなかったよなぁ――と思ったけど、まぁここが始まりの場所ではあるから、完全な間違いってわけでもないか。


「智樹も落ちた?」


 むふーと鼻息を吐く姿は、確実に自分の望む答えが返ってくると信頼しているように見える。恋人同士なのだから、当然といえば当然だろうけど。

 頭を撫でながら、苦笑する。


「あぁ。俺も落とされちゃったよ」


 甘くて甘くてしかたのない、恋の沼に。





 無口な小日向さんは、なぜか俺の胸に頭突きする


 完





~~作者あとがき~~


 ご愛読、ありがとうございました。

 小日向さんが皆様の心に残る物語であると、嬉しいです。


 たくさんの応援やコメント、本当にありがとうございました!!



PS:本当は明日、二巻発売記念SSを上げようと思ったのですが、

これを最終話にしたかったので、近況ノートの方にSSを上げます。よろしければそちらもご覧くださいませ(o*。_。)oペコッ




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【Web版】無口な小日向さんは、なぜか俺の胸に頭突きする 心音ゆるり @cocone_yururi

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