第233話 催促する小日向さん



 せっかくのクリスマスだ。


 真っ赤なクリスマスとなってしまったKCCが急に気の毒に思えてきた俺は、小日向と話し合って、一枚普通のツーショットを彼女たちに上げることにした。


 ゾンビの様にむくりと起き上がった白木副会長のスマホに俺のスマホから送信して、俺たちは事件現場からそそくさと退場。写真を受け取った彼女はとても幸せそうで、左右から他のKCCらしき人に支えられながらも、今にも天に昇っていきそうな雰囲気を醸し出していた。


 まぁそれはいいとして。


 俺と小日向はイルミネーションを見て感想を言い合いながら、展望タワーまで歩いていった。受付に行き、案内板を見てみると、料金はひとり三百円。


「……さつきタワー、無くなっちゃうのか」


 料金表の横には、来年の三月に撤去されるとのお知らせが書かれていた。

 さつきタワーも俺が物心ついたころからあるし、老朽化によるものだろうか。利用経験があまりない俺が言うなという話だが、少し物寂しい。


 小日向も俺と同じように、寂し気な表情でお知らせの文字列を目で追っている。

 いやいや、今日はクリスマスでめでたい日なのだ。ポジティブに行こう。


「解体される前に、小日向と来ることができて良かったよ――誘ったのは俺だし、料金は俺が出すからな」


 そう言うと、小日向は慌てた様子で肩に掛けたポシェットから財布を取りだそうとする。

 わたわたとする様子がとても可愛らしく、このままずっと見守りたい気持ちを堪え、俺は彼女の手に自らの手をかぶせて静止させる。


「いいっていいって――もし恩を感じるのなら、ハグでもして返してくれ」


 ちょっと冗談っぽく言えば、彼女もそちらに気をとられて財布を収めてくれるだろう。

 そして俺の予想通り、彼女は唇を尖らせながらもポシェットを漁る手を止めてくれた。その隙に俺は二人分の料金を受付のお姉さんに支払い、小日向の手を引いて、展望タワーの入り口へと向かう。


 百メートルほどの高い場所からイルミネーションを眺められるのだから、てっきり人は多いと思ったのだけれど、俺たち以外に不思議と客はいなかった。


 さつきタワーは、空へと真っ直ぐ伸びる柱を中心として、側面がガラス張りとなったドーナツ状の展望デッキがゆっくりと回転しながら上昇するような形になっている。


 稼働する時間は決まっており、どうやら今日は次が最終のようだ。そこまで事前確認をしていなかった俺は、人知れず冷汗を流すことになったのだった。


「いまさらだけど、小日向は高いところ平気?」


 施設が動き出す時間になるまで、俺たちは展望デッキの中でくつろぐことにした。

椅子に腰かけていた俺は立ち上がって、窓際に寄って外を眺める小日向に声を掛ける。まだ地上なのだから、景色らしい景色も見られないだろうに。


「…………(コクコク!)」


 俺の問いに小日向は勢いよく頷くと、テテテテテと展望デッキの中を走りはじめ、内部を一周してまた俺の元へ帰ってきた。そして俺のお腹に正面から抱き着いてきて、スリスリと顔を寄せてくる。


 可愛いなぁ……しかし外に目を向けてみると、どうやら受付は終了したらしく、本当に俺たちだけのために稼働するような形になってしまった。嬉しいやら申し訳ないやら……まぁそんなことを気にするのではなく、俺は自分自身の心配をするべきなのだけども。


 告白、かぁ。


 人生で初めての経験である。

 熱心にドラマを見たりもしないし、せいぜい漫画や小説で読むレベル。友人が誰かと付き合い始めたという話を聞くことはあるが、どんなセリフで告白したとかは知らない。聞いても教えてくれないだろうし、聞いているこっちが恥ずかしくなりそうだから。


「まだ?」


「……上でな」


 しかし今ではその先人たちに聞きたいものだ。

 こんな風に、告白を催促される状況だとどうしたらいいのかを。どんなセリフを口にしても、願いが成就する未来しか見えないんだが。


 頬を掻いて羞恥心を誤魔化す俺に、小日向はニマニマと笑顔で俺の顔を見上げてくる。そして、プニプニと人差し指で俺の頬をつついてきた。それから楽し気にくるくるとその場で回り、バッと手を大きく広げる。


「詳細はわからんが、楽しそうであることは伝わってくるな」


「楽しい」


 当然のようにそう口にする小日向に、俺は「そりゃよかった」と返答する。

 そんなことをしていると出発前のアナウンスの声が聞こえ、タワーがゆっくりと動き始めた。俺も小日向も、窓際によって徐々に高くなっていく視点を楽しむことに。


 いや、正直言って俺は景色なんか二の次で、告白のことしか考えられないのだけど。もっと落ち着いた時に見たかったと今更ながら思う。


 近くにあった受付の屋根が見え、それからイルミネーションが近場から離れたところまで、徐々に綺麗に目に映りだす。さらに高くまでやってくると、エメパ内だけでなく、街明かりや、道路を走る車のライトが見え始めた。


「まだ?」


「……頂上でな」


 どんだけ告白を楽しみにしているんだこの子は。

いやそりゃ逆の立場だったら俺も気になるだろうし、今日のメインイベントなのはたしかだけど、もうちょっと告白に気付かないフリとかできないのかね。


 ふすふすと鼻を鳴らしながら、景色と俺の顔を交互に見ながらいまかいまかとその時を待つ小日向。


 彼女は間もなく、俺の『彼女』となる。


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