第234話 祝砲を!
「小日向、ありがとな」
ゆるやかに上昇する展望デッキが、まもなく頂上にさしかかろうとしているところ――俺はそう話を切り出した。夜の景色を華やかに彩るイルミネーションを眺めていた小日向は、突然のお礼の言葉にキョトンとした表情を浮かべ、こちらを見上げた。
そりゃいきなりお礼を言われてもなんのことだかわからないよな。でも、色々と悩んだ末、俺はまず感謝の言葉を口にしようと決めていたのだ。
「周りの奴らを見ていてもさ、どこか他人事に思えてたんだよ。『俺にはどうせ無理だから』って感じでな。きっと俺が抱えてた女子への苦手意識も、いつかは改善してくれるだろうとは思っていたけど、高校在学中は無理なんじゃないかなぁってぼんやり考えてたよ」
こうして女子と二人でクリスマスに出かけているなど、あの時の俺は想像もしていなかっただろう。きっとそんな未来の話をしても、鼻で笑っていたに違いない。
俺の目を真っ直ぐに見て鼻をふすふすと鳴らす小日向の頭に手を置き、話を続ける。
「きっかけはたまたま自販機で話しかけたことで、俺が小日向と一緒にいた理由も、お前が喋らないから気が楽――ってのが一番の理由だった。まぁその時から『可愛いな』とは思っていたけど、まさかこんな関係になるとは思っていなかったんだぞ?」
だって普通、無口で無表情な女子といったら、非常に大人しい人物を想像するだろう? それが蓋を開けてみれば、想像以上に感情豊かでアグレッシブな女の子だったのだ。
彼女は俺のトラウマを刺激しないようなやり方で、俺の心を揺さぶり続けていたのだ。
「苦手克服に対する恩返し――ってわけじゃないけど、お前の親父さんの代わりになれたらと思ってたんだ。小日向を好きになったら、お前が困るかもしれないと思って、ずっと恋愛の感情を持たないように意識してた――でも、無理だったよ」
苦笑しながらそう言うと、小日向はにんまりと笑顔を浮かべた。
得意げな顔しやがって……可愛いんだけどさ。
「私も最初、パパみたいに思ってた」
「だろうな」
俺の回答を聞くと、小日向は一度俺の胸に頭突きをして、ぐりぐりと頭をこすりつけたのち「でも今は違う」と口にする。
「俺もだよ――一緒に過ごす時間が増えていくなかで、小日向への想いは膨れていくばかりだった。距離が近くなればなるほど、関係が親密になっていくほど、小日向と離れたくないと思うようになった。もっとたくさん一緒の時間を過ごしたいと思った。だから――」
口が動くままに喋っていたら、悩みに悩んだすえ決めていた告白の文句とは違うものになったけど、俺の気持ちは小日向に伝わっていると信じて、そのまま俺は突っ走る。
「どうかこの先も俺と一緒にいてほしい。この世界の誰よりも幸せにするように頑張るから――まずは」
そこまで言って、俺は一度深呼吸をする。耳のすぐそばに心臓があるのかと疑問に思うほど、激しい脈の音が聞こえてきていた。展望デッキが頂上に辿り着き、とても静かだからという理由もあるのだろうけど。
「俺と、付き合ってください」
俺は一歩小日向から距離をとり、頭を下げて右手を伸ばす。
アニメとかで見たことのある告白の仕方を真似してみたのだけど、なるほど理に適っている。恥ずかしすぎて相手の顔を見ることができないし、真っ赤に染まっているであろう顔を見られたくない。そして、このやり方だと告白の返事を触覚にゆだねることができる。
――まぁ小日向の場合、差し出した俺の手を無視して抱き着いてきたけどさ。
俺も彼女の背に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。
「――ははっ、これはオーケーを貰えたということでいいのか?」
「…………(コクコク)」
頷いた小日向は、俺を見上げて笑顔を浮かべる。よく見ると口元は震えていて、目尻には若干の涙が浮かんでいた。
「智樹が世界で一番好き」
小日向は俺の目をジッと見て言う。照れる気持ちよりも、俺の反応を見たいという気持ちが勝っているのかもしれない。
あぁ……そう言えば思っていた告白と違う言葉を話したから、『好き』肝心の言葉を言っていなかったな。
「俺も小日向が世界で一番好きだよ」
「愛してる、あいらぶゆー、じゅてーむ、てぃあも」
「……俺もだよ」
「智樹、顔真っ赤」
「うるせ。言っておくけど、お前もそこそこ赤いからな?」
「これは夕日のせい」
もっとマシないいわけは無かったのか。夜に言うセリフじゃないだろう。
「日はとっくに落ちてるだろ」
肩をすくめてから、窓に顔を向けてエメラルドパークを見下ろす。するといつの間にか、さつきエメラルドパークを七色に輝かせていたLEDの光が、きれいさっぱり無くなっていた。見えるのは遠くの街明かりと微かな外灯、それから施設の付近にある光のみ。
「ん? もしかしてもう消えたのか?」
ライトアップの時間、終わってしまったのだろうか?
小日向も俺の隣に来て外を眺め、不思議そうに首を傾げていた。そりゃそうだろう――まだ時間としてはそんなに遅くないないし、ライトアップが消えるのには早すぎると思う。
そんなことを考えていると、
「……いやいや、マジかよ。またアイツらやりやがったな」
一瞬にして切り替わった景色に、俺は思わず顔を引きつらせた。
以前は花火に驚かされたが、どうやら今度は夜の景色を乗っ取りやがったようだ。
『T & A お め で と う !』
おそらく俺たち二人だけに用意された大規模なイルミネーションを前に、小日向は俺の肩をペチペチと叩いて、見て見てと外を指さす。現在進行形で見てますよ。
というかアイツら、俺の行動を把握しすぎて怖いわ!
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