第232話 自撮り距離がいい



 小日向のスマートフォンの落下事故を救った生徒会長にしてKCCの長である斑鳩いろは先輩は、仮面を外して小日向にスマートフォンを手渡した。

 小日向はありがとうの気持ちを伝えようとしたらしく、会長の手を両手で握り、上下にブンブンと振っていた。


 その結果、会長の足はがくがくと震え、目は白目。鼻からは当然の様に血が流れていたが、小日向の手に血を掛けるわけにはいかないと思ったのだろう――必死に顎をしゃくれさせて、自らの口で流血を受け止めていた。


 小日向は首を傾げながら瀕死の会長を見ていたが、彼女が手を離すと同時――会長は糸の切れた操り人形のごとく崩れ落ちそうになる。しかしどこからか現れたクマのお面を付けた二人組が会長の両脇を支え、俺たちに「あとは任せて」と言って去っていった。


 なんか声の雰囲気が同じクラスの鳴海と黒崎に似ているような気がしたけど――きっと気のせいじゃなくて本人たちなんだろうなぁ。あいつらまでクリスマスに何してんだ。


「では、写真撮影は私にお任せください」


「いったいいつの間に……副会長もいたんですね」


 そもそも写真撮影を頼んだ覚えはないんだがな。

 だけど、自撮りで撮影するよりはいい写真が撮れることはたしかだろうし、断る理由も特にない。俺はそう思ったのだけど、


「…………」


 小日向は下唇を突き出して、なにやらご不満の様子で、白木副会長にスマートフォンを渡そうとしない。


 二人きりだと思っていたのに、知り合いがわんさか出てきてしまったから、少し怒っているのだろうか? 彼女たちはすぐにどこかに行くだろうから、あまり気にしなくてもいいと思うのだけど。


「ご安心ください神よ――いえ、小日向たん。私は全てを理解しています」


 神妙な表情で頷き、白木副会長はスマートフォンを受け取るために手を差し出す。

 いったい何を理解しているのか知らないが、小日向は結局、白木副会長の手と顔を交互に見つめたのち、スマートフォンを渡した。


 よくわからんが、女子同士で通ずるものがあったのかもしれない。


「あー……じゃあお願いします」


 俺はペコリと頭を下げて、小日向の横に並ぶ。

小日向はというと、じっと観察するように白木副会長を見つめていたが、彼女がスマートフォンを構えた瞬間、満足そうな笑みを浮かべて頷いた。


 笑顔を浮かべる彼女とは対照的に、俺は顔を引きつらせる。


「……いやあの、もうちょっと離れたほうが撮りやすいと思うんですけど……」


 なぜか副会長は、俺たちの顔から三十センチほどしか離れていない距離でスマートフォンを構えていた。

 近ぇよ。近すぎだよ。もう自撮りの距離感ですやん。


「これが適正距離です。カメラに収まっていませんので、もう少し顔を寄せてください」


「えぇ……」


 困惑する俺をよそに小日向はウキウキである。腰をかがめた俺の頬に自らの頬をくっつけて、すりすりと猫の様にじゃれてくる。両手が空いているため、しっかりと俺の腰をホールドした状態でだ。


「もしかして小日向……くっつく必要がなくなるから、他の人に撮られたくなかったのか?」


「…………(コクコク!)」


 とても元気な頷きだった。正解らしい。


「急いでください、私が尊死するまでもってあと数十秒――それまでに亡き会長の意思を次ぎミッションを完遂させます」


 会長が亡き者にされていた。鼻血流して気絶しただけだろうに。

 まぁもしそんなことがあっても、この人たちのことだから、三途の川ぐらい泳いで帰ってきそうだなぁ。いやもう常連になっていて、渡し守とフレンドリーになっている可能性も……。


 そんな風に俺が妄想を繰り広げているなか、スマートフォンからシャッター音が鳴る。

 おっと、ちゃんとカメラに目を向けないとな。


「どんどん撮ります。私の命が尽きるその時まで――っ!」


「こんなことに命を賭けないでくださいよ……」


 俺は苦笑してから、小日向と自らの身体に挟まれた左手を引き出して、小日向の身体を抱くように手を回した。どうせカメラには映らない部分だし、小日向はこうしたほうがよりいっそう笑顔になりそうだからな。


 せっかくのクリスマスだし、たまにはこうやって自分から行動に移すのも悪くない。

 ダウンの上からだから感触もなにもないが、しっかりと小日向の身体の重みは俺の左手に伝わってきた。


 すると小日向は、俺が普段と違う行動をとったからか、密着させていた頬を離して俺にキョトンとした表情を向けてくる。顔と顔の距離は、たぶん十センチもないぐらい。


「……嫌なら離すけど」


「…………(ブンブン!)」


 嫌ではないらしい。

 彼女は流れるようにキスをしてきた。


「――ん、んぅっ!?」


 口に。


「――うぼぅあっ!?」


 そしてカメラマンである白木副会長は、突然キスをしはじめた俺たちに向けて鼻血を噴出することなく、とっさに首を百八十度近く捻った。一度シャッター音を鳴らすとそのまま地面に崩れ落ちた。


 首が凄い角度になってるし、血だまりができ始めているが……これは大丈夫なのだろうか?

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る