第231話 会長「その瞬間、私は光の速さで駆け付けた」
クリスマスにはうってつけの天気模様。
雪が降っていることが影響しているのか、それともクリスマスという日を屋内で楽しんでいるのかは定かではないが、道路を走っている車はいつもの日曜日よりも少ない。
電車を使って俺が元々住んでいた地域に降り立つと、ほんの数ヶ月前に来たばかりだというのに、ひどく懐かしく、そして新鮮に感じた。たぶん、状況が違うからだろうなぁ。
俺と手を繋ぎ、バス停の時刻表をふすふす鼻を鳴らしながら眺める小日向は、こちらを見上げて俺をジッと見てきた。
そして手袋を外し、スマホをポチポチ。よく喋るようになったとはいえ、周りに人が行き交う状況だとまだ恥ずかしいらしい。
『五時三十五分がある』
「じゃあそのバスに乗ってエメパに行こうか。それに間に合うように夕食済ませるとしよう」
「…………(コクコク)」
スマホを使って時刻表を調べることもできたのだけど、ファミレスの近くにバス停があるので、両方を使って確認したというわけだ。ネットの情報を信じていないわけじゃないけど、こういう日に失敗はしたくないので念のため。
クリスマスのデートなんだからもっとそれらしい雰囲気のお店にしたほうがいいのだろうかとも考えたのだけど、今日のメインはあくまでイルミネーションだし、その時の楽しみはまた次回にとっておくことにした。
小日向に聞いてみたところ、『場所より人』という聞かされるとやや照れくさいセリフが返ってきたので、頭を撫でさせてもらった。可愛い。やはり彼女は天使。
ファミレス内では、一食とサイドメニューを二つほど頼み、それを二人でシェアするような形で食事をした。ちなみにデザートのパフェも二人で食べた。
さすがに店内ではマフラーを外していたが、きっとカップルだと思われているんだろうなぁ。店の中で流れるクリスマスソングの影響で、ぴょこぴょこ縦と横に身体を揺らす小日向の可愛さの方が圧倒的に目立つから、俺たちの関係性を気にした人がどれほどいるかはわからないが。
いやもう本当に可愛いのよ。
マフラーは外し、ダウンは脱いでいるのだけど、俺がプレゼントした耳当ては装着したままだし、当たり前のように隣に座って身体を密着させた状態で食べようとするし。
おかげで小日向がリズムに乗ると、俺も自然に揺らされるという弊害はあったが、小日向が楽しそうなのだから特に問題はない。周囲の視線は、以前ほど気にならないし。
「あ、ありがとうございぶふぉあっ!」と、お会計中にぶっ倒れた店員の代わりに他のスタッフが対応してくれるというイベントはあったけれど、小日向と行動していればこれぐらい日常茶飯事なので、俺は「お大事に」という言葉だけ話して店を出た。
予定していたバスに乗り、目指すはさつきエメラルドパーク。イルミネーションの点灯は五時から始まっているようなので、着いたらすぐに見て回れる。
さてさて、冬のエメパは初めてなので、楽しみだな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
入園料を支払い、エメパの中に入ると、思っていたより多くの恋人たちがイルミネーションを楽しんでいた。恋人だけでなく、年配の方や家族連れも来ているみたいだ。
エメパの敷地は広大だけど、イルミネーションが展開されている場所はその一部なので、自然とそこに人は集まっている。まぁこの暗がりの中、なにもない芝生の上を駆けまわっても危ないだろうし、ここに集まるのは自然と言えば自然だ。
小日向と手を繋ぎ、どちらが手を引くでもなく同じ歩幅で色とりどりのLEDライトで彩られた道を歩く。アーチ状のトンネルになっているような道や、バラの形を模したイルミネーション。雪だるまやサンタの光る置物なんかも置いてあり、点在している花壇にも赤や青、紫などのライトが付けられていた。
「はー……こういうのも案外いいもんだな」
ライトアップされたエメパを眺めて、呟く。小日向も俺の隣で「綺麗」と呟き、きょろきょろと楽し気に周囲を見渡していた。このウキウキした小日向を見られただけでも、十分なぐらいだ。
「雪だるまさんと写真撮る」
「ん? あぁ、もちろん良いぞ」
小日向は俺にスマホを渡すと、二メートルぐらいはありそうなでかい雪だるまの置物にテテテテテと駆け寄り、ピース。何枚か写真を撮って小日向に画像を見せると、彼女はその画像を確認するよりも長く俺の目をジッと見てきた。
「智樹、嫉妬した?」
「…………え? あ、雪だるまに?」
「…………(コクコク)」
「あー、うん。したかもしれない」
すまん、嘘だ小日向。さすがに、無機物は嫉妬の対象にならない。
俺の曖昧な返事でも小日向はにんまりと満足そうに笑顔を浮かべ、「智樹ともツーショット撮る」と俺に身を寄せてきた。どうやら俺が嫉妬すると嬉しいらしい。
「そうだな。雪だるまさんだけじゃなくて、俺とも記念に撮ろう」
そう言って小日向と顔の高さを合わせるように腰を曲げると、小日向はもう『くっつく』を通り越して『押し付ける』という感じで、俺の顔に自らの頬を密着させてきた。
そして、小日向は手袋を外し、アーチ状のイルミネーションを背景に片手で俺と一緒に自撮りを試みる。
「俺が撮ろうか?」
自撮り慣れしているわけではないが、小日向の小さい手よりも、俺のほうがいくらかマシだろう。もしここで小日向がスマホを落として、壊れたりしたらせっかくの楽しい雰囲気が台無し――
「あ――」
そんな事を考えていた矢先、小日向の手からするりとスマホが零れ落ちた。
落下するスマホが目に映っているが、俺は咄嗟に行動ができず、口を開けてその顛末を見守るだけ。ここが雪の積もる芝生だったら良かったのだけど、俺たちがいる場所は人の通りがあるため雪は無く、しかもコンクリートだ。
なんとかしないと――そう思った時にはすでに、スマホは地面から数センチのところまで落下していた。
その瞬間、
「はぁああああああああああっ!」
まるでトンビがパンをかっさらっていくかのように、落下中のスマホがそんな叫び声と共に消えた。
トンビ的行動をした何者かは、どうやらヘッドスライディングでスマホをキャッチしたらしく、少し滑ったのちクルクルと器用に転がり、スマートに立ち上がる。
服装はいたって普通だが、リアリティ溢れるクマのお面を装着していた。ホラーだから止めろ。
「おやおや――冬の寒さに負けぬようさつきエメラルドパークを走っていたら、うっかり転んでしまい、手を伸ばした先に偶然――本当に偶然出くわした小日向二年のスマートフォンが収まってしまっていたようだ。これは単なる偶然か……はたまた運命か……」
「あきらかに故意でしょうが」
「我々の想いは恋ではないのだよ」
「その恋じゃないですよ――斑鳩生徒会長」
顔を見るまでもなく、声と話し方と呼び方、そして何よりも小日向を悲しませないためなら全力を尽くすというその行動から、お面の下の顔がすぐにわかってしまった。
だけど今回ばかりは、少し癪だけど感謝させてもらうことにしよう。
小日向の笑顔を守ってくれて、どうもありがとうございます。
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