第5話 真実を知る


~景一side~



「ちょっと待ちなさいよ!」


 ふらふらと歩く智樹の背に声を掛けるのは、冴島野乃さえじまのの


 心配になって二階の窓から様子を見ていたけど、あれは酷かった。

 あまりに冴島の勢いが激しかったから、慌てて階段を駆け下りたのだが、その時にはすでに声は収まっていた。上手くいけば智樹の苦手克服に繋がるかと思っていたけれど、完全に逆効果。


 力づくでも止めておくか、一緒にあの場に立つべきだったな。


「……吐きに行ったか。しばらくはあそこにいるだろうし、先にこっちと話すか」


 智樹がヨロヨロとトイレがある方へ向かっているのを見ながら、俺は呟く。


「たまたまとはいえ、なんで智樹は人の話を聞かない女子と巡り合っちゃうのかね……女子の中にもいろいろな人がいるっていうのに。厄払い、マジで行くべきかもしれないな」


 あいつは真剣に祈りそうだ……と苦笑しながら、足が向かう先は中庭の中央。困惑した様子の冴島と、無表情の小日向が俺に気付きこちらに顔を向けた。


「唐草くんっ!? ど、どうしたの急に!? あ、お、お初お目にかかります! あたしは冴島野乃って言います! こ、この子は小日向明日香でしゅ!」


「ははっ、なんで敬語なんだよ。同学年だろ」


 しかも最後の最後で噛んでるし。


「で、でも唐草くんは、その、現役のモデルだし、一段上の存在というかなんというか」


「気にしないでくれ。ちょっと雑誌に載せてもらってるだけだから」


 そもそも冴島が教室に来たとき、俺はすぐ近くにいたんだけどな。まぁ、あちらは気付いていなかったようだから仕方ないことなんだけど。

 あまり長話をして、智樹を放置するのも心配だ。さっさと本題に移ろう。


「それで、杉野智樹のことなんだけど」


「あ、はい。もしかして聞いてましたか?」


 結局、丁寧な言葉遣いは継続するらしい。


「あれだけ大きな声で叫べばな。中庭にいた人には全員聞こえていたんじゃないか?」


「あはは、お恥ずかしいところをお見せしました」


 照れたように頬を掻く冴島。

 冴島は本当に恥ずかしいことをしたとわかっているのだろうか? 俺は「そうだな」と苛立ちが顔に出ないようにしながら、返事をする。


「本当に酷かった。小学校の件とかな。冴島はさ、一回も当事者に話を聞いてないだろ? あれ、事実がねじ曲がって噂に尾ひれがついただけだからな」


「…………へ?」


「あいつはそもそも一度も手をあげたことがないし、恐喝なんてしたこともない。喧嘩の言い合いぐらいなら日常茶飯事だったけど、それはお互い様だからな」


「そ、その、唐草くんはなんで知ってる――」


「俺は智樹と小学校からずっと友達だから」


 そう答えると、冴島の顔からスッと血の気が引いていくのが見て取れる。俺に嫌われるのが嫌なのか、自分の勘違いを理解したのかはわからないが。


「ちなみに恐喝ってやつは、俺たちが中学の頃、噂のせいで智樹がひどい扱いを受けているのを知った当時のクラスメイトたちがあいつに謝ったんだ。それを見た生徒が流した噂だな。で、また冴島がこうして中庭にいる生徒にデマを流したわけだ」


 本当に恥ずかしいことをしたな――と言葉を締めると、冴島はおろおろとした様子で身体を小刻みに動かしていた。小日向は静かに地面に視線を落としている。


「じ、自販機の件はどうなんですか? 杉野くんが嘘をついたのは事実ですよね!?」


 現実を受け入れられないのか、自分の非を認めたくないのか、冴島はそんなことを言ってきた。


「だいたいそれ、そんなに悪いことか? 例え嘘を吐いていたとしても、善意の行動じゃないか。男がカッコつけるぐらい、別にいいだろ。それに、それをきっかけにあいつが何か要求したか? してないだろ? しかも今回にいたっては、智樹があの場所を掃除したのは事実だし」


「でも先生は学食のおばちゃんがしてるって――」


「あいつ言ってたじゃないか、俺の場合は特殊だって。実際に朱音さん――学食で働いている人に聞いてみればいいさ。あいつは一人暮らしだから、掃除の報酬にご飯もらってるんだよ。金曜日とか、終業式の前の日とかの廃棄が多い日だけだがな」


「……うそ……じゃあ本当に?」


 ここにきて、冴島はようやく全面的に自分に非があると認めたのか、彼女は唇を噛みしめて、涙をぽろぽろと流し始めた。小日向も俯いたままだし、完全に俺が悪者みたいになってしまっている。


「……ぐす、ちゃんと話してくれたら、こんなことにならなかったのかもしれないのに」


 まさか彼女からそんな言葉が出てくると思わず、怒りを通り越して呆れてしまった。盛大にため息が漏れる。


「……話を聞かなかったのは冴島だろ。あいつは何度も違うと言っていたし、人の話を聞けとも言っていた。それに対してお前は何も返答していない。会話になってない。ただただデマに惑わされて、勘違いで智樹に暴言を吐いただけだ」


「そんな……あたし、杉野くんになんてひどいことを……」


 制服の袖で涙をぬぐいながら、冴島は言葉を漏らす。

 善意で振りかざす刃ほど、厄介な物はない――と、俺は再確認した。


 言いたいことを言い終えた俺は、智樹が心配なので「じゃあ」と手を軽く上げてから踵を返す。

 とりあえず、ふらふらのあいつを家まで送り届けないとな。




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