第4話 話を聞かない女子




 俺が近づいていくと、こちらに気付いた女子生徒は俺をキッと睨みつける。


 好感度がマイナスに振り切ってる気がするんだが……別にこいつの好感度なんざどうでもいいけど。


「杉野くん、ここに来る途中明日香を見なかった? あの子も一緒に話をするから呼んでたんだけど」


 ――げ、てっきりこいつ一人相手かと思ってたんだが、二人かよ。聞いてないぞ。


「まずその明日香が誰か知らない。名字は?」


 なんとなく聞き覚えのある名前だが、どこで聞いたのかは思い出せない。高校にいる女の友人なんて片手で数えられるレベルなんだから仕方がないだろう。


「小日向よ、小日向明日香」


「あぁ! そうか小日向か!」


 思わず俺は掌にポンと拳を落とした。聞いたことは無かったが、見たことはあった。クラス名簿で見たんだった。


 しかしなぜ小日向がこの呼び出しに関係しているのかはわからない。

 俺と小日向の関わりなんて、自販機の一件ぐらいしかないぞ? さすがにあのやり取りを悪く言われることはないと思うんだが。


 まだ小日向は蟻を眺めているのだろうか――そう思って先ほどまでいた木陰に目を向けると、どうやら自分の名前が呼ばれたことに気付いたらしく、こちらに向けてテコテコと歩いているところだった。


 そして小さい歩幅で俺たちの元へ辿りついたかと思うと、俺の隣に立ち、何も考えていないような顔でジッと女子生徒を見ていた。なぜか俺と小日向ペアVS女子生徒の構図になってしまっている。


「明日香はこっち!」


 そう言われて、コクリと頷いた小日向は、俺に向かい合うような位置にくる。

なんだったんだいまの一幕は。ボケなのか? ツッコみが必要だったのか?


「――こほん。で、何か言いたいことがあるんだろ? 俺としては覚えがないんだけど」


 浮ついた話でもなければ、楽しいお話ではないのは女子生徒の態度を見れば明らかなので、声のトーンを落として話を進めることにする。


「えぇ、あたしが杉野くんに言いたいのは、これ以上明日香に関わるなってことよ!」


「………………どうしてそうなった?」


 俺は思わず疑問の言葉を口にするが、冷静になって考えれば――こういう雰囲気は中学の頃に経験したことがあることに気付く。


 あいつはヤバいから、関わらない方がいい――そんなことをコソコソと話している女子を何度も見かけた。さすがにこうやって面と向かって言われたことはなかったが、内容は似たようなもんだ。

 きっとこの女子も、どこかで俺の噂を聞きつけたのだろう。


 気持ちを落ち着かせるために、鼻から息を大きく吸って、静かに口から吐き出した。


「一応聞いておくが、理由は?」


「あたし聞いたんだもん! 杉野くん、小学校のころクラスの女子にひどいこといっぱいしたんでしょ! 殴ったり恐喝したり! そんなあんたが嘘をついてまで明日香に近づこうとしてるんだから、親友として守るのは当然よ!」


 まくし立てるように叫ばれ、全身に鳥肌が立っていくのを感じる。


「弁明しておくが、それは冤罪だ。それに嘘ってなんだよ。記憶にないぞ」


 すでに女子生徒は毛が逆立ちそうなほど興奮しているように見えるが、俺のそっけない態度が気に障ったのか、さらにボルテージを上げて声を荒げる。


「白々しいっ! 先生に確認したんだから! 学食の掃除はおばちゃんたちがするんだって! 生徒はしないんだって! ほら言い訳できないでしょ! あんたが嘘つきなのはわかってるんだから!」


「それは違うぞ。俺の場合はちょっと特殊で――」


「そうやって明日香の気を引こうとしても無理なんだから! 明日香は男子にも女子にもいっぱい可愛がられてるから、あんたなんて気にも留めてないでしょうね!」


 血の気が引いていくのがわかる。


「違うって! いいから人の話を――」


「明日香はあたしの大切な友達なの! この子はあまり意見が言えないから、あたしが守ってあげないといけないの! 悪い虫がつかないようにしなきゃいけないの!」


「――違う」


「言い訳しても意味ないんだから! そもそも――」


 頭がくらくらして、いつの間にか相手が何を言っているのかわからなくなっていた。

 何か、相手が言葉を発しているのはわかる。だけどその言語の連なりが、文章として理解できない。単語同士のつながりが、意味をなさない。


 小日向が喋ることはない、だから相手は一人なのだと油断していた。まさか女子一人にここまで口を挟む間もなくまくし立てられるとは思わなかったのだ。


 時間が経ち――目に写る景色をはっきりと認識できるようになったころ、女子生徒は肩で息をしていた。随分と勢いよく叫んだことが窺える。


 小日向は、いつもの無表情で、俺と女子生徒を交互に見ている。感情は見えない。


 いますぐここで吐いてしまいたい……が、さすがに周囲の目を集めているこの状況で吐きたくはない。胃液がせり上がってくるのをむりやり押しとどめて、俺は浅い呼吸を繰り返した。


 そして、俺は静かになった女子生徒に向かって、情けないほど震えた声で言った。


「……小日向には近づかない。だからお前たちも、二度と俺に関わらないでくれ」


 その言葉を紡ぐことができたことを、俺は褒めたたえたい。


 一刻も早くこの場を離れたくて、俺は彼女の返事をまたずしてその場を去った。これがあいつの願いなのだから、了承の返事は聞くまでもないだろう。



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