第3話 蟻さんを見る小日向




「二年になってもお前は相変わらずおにぎりなのか……」


 昼休み。バッグの中から取りだした自作のおにぎり二つを机に乗せると、呆れたような口調で景一が言ってきた。ちなみに彼の昼食はコンビニで買った菓子パンである。


 特定食のおごりは気が向いたときにお願いするつもりだ。


「買うのは勿体ないし、弁当は作るのだるいからな」


「さいですか……でも智樹、ジュースは普通に買うよな。自販機も普通に使うし」


「欲しい物を欲しい時に買いたいから、こういうところでは節約するしバイトもするんだ。それに親父からの仕送りでゲームとか買いづらいし」


「学生なんだからもっと親を頼ってもいいと思うけどなぁ」


「お前も働いてるだろうが」


「それもそうか!」


 はっはっはっ――と笑う景一にジト目を向けていると、彼のすぐ後ろの扉がガラっという音を立てて開かれた。昼休みだけあって教室の中は騒がしく、そこに目を向ける生徒はほとんどいない。


 開いた扉から、女子生徒の顔がひょっこりと現れた。

 茶髪で、顔を見るだけで活発な印象が浮かんでくるような女子――俺が特に苦手な部類の人種だ。


「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」


 彼女はニコニコとした表情で、そんな風に問いかけてくる。配置的に、一番声を掛けやすい位置にいたのが俺だからだろう。

 天真爛漫といった様子で、はっきり言って苦手だ……だけど、相手が一人ならばまだ問題ない。会話ぐらいできる。


「どうした? 誰かに用事か?」


「うん。杉野くんって人に話があるんだけど……教室にいる? それとも学食行っちゃった?」


「ん? 杉野は俺だが……すまん、面識あったか?」


 そう答えると、一瞬にして彼女の目がスッと細められた。

 とげとげしく鋭利な視線が、突き刺すように俺へと向かっている。


「そう。放課後、中庭に来てくれる? 話があるから」


 いきなりの態度の変化に戸惑っているうちに、彼女は言いたいことだけ言うとすぐにその場を去っていった。


 いや、そもそも俺が放課後に用事あったらどうするんだよ。せめて了承の返事を聞いてからにしろ。

 俺がぴしゃりと閉められた扉を呆然と見ていると、景一が眉を寄せながら話しかけてきた。


「トラブルの予感だなぁ。そして智樹の一番嫌いなタイプだろ、あの子。こっちの言い分聞く気なし。もういっそのこと無視しちゃってもいいんじゃね? どんな理由があるにせよ、態度悪すぎだし」


「…………それはそうなんだが、同じ学校なんだし無視はできないだろ。理由も気になるし、放っておくのも良くない気がする」


 本当に面倒くさい……が、これも苦手克服の一環と考えればいいか。


 しかしいったいなぜ一切の面識がない女子から、嫌悪の眼差しで睨まれて呼び出しを受ける羽目になってしまうのか。

 日頃の行いはそんなに悪くないはずなんだがなぁ……強いて言えば、たまに授業中居眠りすることぐらい。


「マジでもう一回厄払い行ってこようかな……」


「ははっ、そん時は一緒にいこうぜ!」


 救いなのは、過去の事件の関係者たちは余すことなく全員、俺に味方してくれるってことだろうな。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 放課後、名も知らぬ女子生徒に言われた通り中庭に向かうと、数組のカップルの他、地べたに座って談笑する男女の集団――それに加えて、一人で木陰に座って地面を眺めている小日向の姿があった。


 なぜ小日向が……というかいったいあんなところで何をしているんだろうか。


 彼女が膝を抱えて丸まっていると、余計に小さく見える。クラスメイトたちが愛でるのも仕方がないと思えるほどに、小動物チックな体勢だった。


 どうやら約束の相手はまだ来ていないようだし、何もせず待ちぼうけるのも時間の無駄なので、俺は彼女に近づいていった。


「何してるんだ?」


 問いかけると、彼女は俺をチラッと見上げて、すぐに視線を下に戻した。彼女の視線の先では、蟻がせっせと餌らしき物を運んでいる。彼女の価値観的に俺は蟻以下らしい。


「蟻を見てたのか?」


 その質問に小日向はコクリと頷く。


 まさか高校の中庭で蟻を眺める生徒をみることになるとは思わなかったが、別に俺も嫌いじゃないんだよなぁ。蟻がせっせと仕事をする姿は見ていて飽きないし。周囲の目のことを考えると、変な目で見られそうだから積極的にはやらないが。


 彼女は周りの評価とか、そういうことを気にしたりしないのかもしれないな。


「時間つぶしに、俺も見ていていいか?」


 彼女の無言は、俺にとってとてもありがたい。

 俺がこの学校で一番話しかけやすい女子は、間違いなく小日向だろう。


 自分の意見を押し付けることしかしない女子は嫌いだ。


 その点、小日向は何もしゃべらない、意見がない、そもそも話しかけてこない。つまりは平和だ。


 小日向が首を縦に振ったことを確認した俺は、彼女と同じように膝を抱えて蟻を眺める。

 しばらく眺めていると、一匹の蟻が自分の体躯の何倍もあるナニカを運んでいた。時にふらふらとして、落としたかと思えばもう一度掴んで。


「――おおう、大丈夫かよ。お前には荷が重いんじゃないか?」


 思わずそんな独り言を漏らしてしまうぐらいに、必死に運んでいた。

 すると――、


「小日向?」


 隣で同じ蟻を見ていたのか、小日向がひょいと指先で蟻が運んでいた荷物をつまんだ。荷物を運んでいた蟻も、一緒に持ちあげられている。

 そして彼女は、蟻たちの進行方向の終点、巣穴の近くにその荷物をそっと置いた。そして斜め下から、俺の顔を見上げる。そして顔を上下に振った。


「あぁ、うん。そうだな。きっと蟻さんも助かったって思ってるぞ」


 相変わらずの無表情なのだが、俺にはなぜか「助けてあげたよ」と言っているように見えた。小日向はただ頷いているだけなんだけども。


 俺の返答を聞いた小日向は、満足したようにもう一度大きく頷くと、再び視線を蟻の元へと戻す。俺はそんな小日向に苦笑してから、そろそろあの女子が来てないだろうかと、立ち上がって周囲を見渡した。


 例の女子生徒が、中庭の中央で仁王立ちしていた。


「……威圧感がすごい」


 救いなのは、相手が一人であることだろう。

 二人だったら、話の内容によっては吐いていた可能性も無きにしも非ず。

 まぁいい……さっさと終わらせて帰ろう。景一も待たせてるし。


「じゃあ、俺はなぜか呼び出されているみたいだから、もう行くよ。また明日な」


 未だに蟻を眺め続けている小日向にそう声を掛けると、彼女はコクリと頷いた。




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