第236話 年末、そして正月


※修正済みです




 クリスマスが終わったあとは、冴島や景一を含めた四人でショッピングセンターに行ったり、春奏学園の薫、優たちと久しぶりにボーリングで遊んだりした。残りの空いた日は、小日向――明日香と俺の住むマンションでまったり過ごした。


 クリスマスに告白をして初めての彼女ができたわけだけど、これまでの生活となんら変わったところはない。甘々な雰囲気がちょっと加速して、約束通り『明日香』と呼ぶようになったぐらいだ。


 ずっと小日向と呼んでいた影響で、いまでもたまに「小日向」と名字で呼んでしまう。照れくさいし、まだ慣れていないからきちんと意識しておかなければならない状況だ。

 学校ではどうやって呼ぼう――というのが、最近の俺の悩みである。



 今年も残すところあと数日というところ――十二月二十九日の夜に、親父がこちらに帰ってきた。数ヶ月ぶりに会ったけど、連絡はこまめにとっていたからそこまで『久しぶり』といった感覚はない。

 これが親孝行になるのかはわからないが、年末年始は親子水入らずで過ごすことにした。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 年越しはお酒を飲む親父とテレビを見ながら過ごして、正月は二人で朝から初詣。

 景一と冴島は二人で神社に行ったらしいし、小日向家は三人でお参りに行ったようだ。十枚ほど明日香と静香さんと唯香さんからそれぞれ写真が送られてきて、小日向家だけで三十枚近く俺のスマホに写真が届くことになった。


 明日香や静香さんは着物を着ており、実に華やかで写真映えしていたのだけど、こちらは親父と二人、しかも私服である。ダウンジャケットを身に付けた男二人に需要はあるのかはなはだ疑問ではあるが、いちおう送っておいた。


 名前呼び以外で変わったことと言えば、俺のスマートフォンの待ち受けが明日香とのツーショットになったということぐらいだろうか。クリスマスの時に、エメパで撮ったものである。

 ちなみに明日香の待ち受けは、いつの間にか撮っていた俺の寝顔の写真だった。


 閑話休題。


 一月三日までこちらにいるらしい親父だが、「せっかく彼女ができたんだから、二人で出かけておいで」と言っていたので、元旦の翌日は小日向を誘って、二人で遊ぶことにした。


 親父は親父で、せっかく仕事から解放されているのだから一日中家でゴロゴロするぞ! と張り切っていたので、ひとり寂しい思いをすることはないだろう。俺と同じで、ひとりの時間を楽しめるタイプだし。


 一月二日の朝九時に小日向家へ向かうと、明日香は写真でみた着物姿で俺を出迎えてくれた。俺を見つけるなり抱き着いて頭突きを繰り出してきたので、俺は苦笑しながら頭を撫でた。


「実物で見るとまた違うなぁ……よく似合ってるよ」


「…………(コクコク)」


 俺は正月に着るような着物を持ち合わせていないが、親父が晦日にベージュのトレンチコートを買ってくれたので、現在はそれを着用中。高校生が背伸びしちゃったような感じもあるが、俺としては結構気に入っている。


「智樹もコートかっこいい」


「はは、ありがとな」


 ふんすーと息を吐いてから、明日香は驚きのスピードでスマホを構えてパシャリ。俺が拒む暇もなく写真を撮られてしまった。


「待ち受けにする」


「……それはいいけど、人に見られないようにしてくれよ? 恥ずかしいから」


 苦笑いを浮かべてそう言うと、明日香はコクリと頷いてから俺のトレンチコートに手を伸ばす。何をするのかと見守っていると、彼女はおもむろにボタンを外し、前面を解放したかと思うと俺の胸にピトリと背中を付けた。


 そして、自分を含めてボタンを留めなおそうとしていた。しかし残念――サイズ的に二人は収まらなかったようだ。仕方なし――といった様子で、自らの手で固定している。


「……これで移動したら危ないからダメだぞ? 万が一こけたら、俺が小日な――明日香を押しつぶすことになるし」


「…………」


「拗ねた顔してもダメ」


 まだ玄関前の庇の下だから、門扉を出る前に階段を下る時点でアウトだろう。

 これまで毎日のように明日香と顔を合わせていたのに、付き合ってからすぐに四日間会わない日が訪れてしまったので、いつも以上に甘えモードになっているのだろう。


 扉を一枚隔てた向こう側には、唯香さんや静香さんがいるかもしれないというのに、明日香は構わず俺の頬にキスをしてきた。


「のぞき穴から見られてたらどうすんだ……?」


「気にしないことにした」


「明日香が開き直ったら恐ろしさしかないなぁ」


 ただでさえ明日香の行動は予想の上を行くというのに、付き合って彼女になったからか、残された最後の枷も順調に破壊されているような気がする。物音はいっさい聞こえないから、唯香さんたちが扉に張り付いていないことを祈るとしよう。


 しぶしぶ俺のトレンチコートの中から抜け出した小日向は、ボタンを元通りに留めなおすと、ふんすふんすと鼻を鳴らした。


「智樹は私の彼氏」


「……そうだよ。でもって、明日香は俺の彼女だな」


 改めて事実を口にすると照れくさいが、幸せな気分のほうが勝っている。

 これは『いちゃいちゃ』といっていいやり取りだなぁ。


「学校で自慢する」


「自慢するとしたら俺のほうだろうが。明日香は人気者で、めちゃくちゃ可愛いんだから」


 嫉妬で刺されたら嫌だし、俺たちの関係は学校ですでに周知されてるだろうからわざわざ言わないけども。


「智樹のほうが人気」


「どう考えてもそれはないだろ。明日香の目にはいったい俺がどんな風に映ってるんだ……?」


「王子様」


「じゃあ明日香はお姫様?」


 苦笑して頭を撫でながらそう言うと、彼女は目を細めて気持ちよさそうにした。猫っぽくて可愛い。

 このあと「お姫様だっこして」と要求する明日香を宥めるのに、五分の時間を要した。


 いつまでも家族の目がある玄関前でたむろしてないで、はやくと出駆けようぜ……。


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