第65話 もしかして、聞かれてた?
小日向と一緒に寝るからといって、別になにかあるわけではない。なにかあってもおかしくない状況ではあるのだけど、俺たちの間にそんなことは起こらない。
この日々がこの先ずっと続くというのならば断言はできないが、数日間耐えるというのならば女性に耐性の無い俺にも可能だ。事実、これまで何もなかったわけだし。
寝る時にはウサギさんスタイルだった小日向だが、起床時にはいつも通りコアラになっていた。ひとりで寝ている時は布団にしがみついてそうだなぁ……と、家での小日向の姿を妄想したりしながら、俺はお腹に抱き着いている小日向を眺める。
このままにしておいても精神衛生上大変よろしくないので、ペチペチと遠慮なく小日向のおでこを叩いて起こす。返答としておはようの頭突きを頂戴した。
「おはよ。ちゃんと寝れたか?」
「…………(コクコク)」
「そっか――というかいまさらだけどさ、どうして俺の家に来たんだ? お泊まりは最近いっぱいしていただろ?」
俺と小日向は試験対策の時から始まって、一週間近くずっと一緒にいた。
日中は学校で一緒だったし、寝る時も朝起きる時も一緒だったのだ。土日はバイトだったといっても、土曜の朝までは一緒だったわけだし。
俺の問いかけに対し、小日向はほんのり唇を尖らせて不満げな表情を作る。この拗ねたような顔は本当にわかりやすくなったよなぁ。しかしなぜ拗ねる。
小日向は少し眠そうな顔で抗議をするように俺の目をジッと見てから、布団に入ったまま手を伸ばし、枕元に置いてあった自分のスマホをポチポチ。画面を俺に見せてくる。そこには『土曜の朝から杉野見てない』と書かれていた。
「お、おう……つまり一日以上顔を見てなかったから、俺に会いたくなっちゃった的な?」
自分で言うのも恥ずかしいが、その意味以外にこの文面を捉えることができなかったので、確認のために声に出して聞いてみる。小日向は目を閉じたままコクコクと頷いた。
「そういう恥ずかしいことを言うなら、ちょっとは照れような?」
「…………」
瞼を持ちあげて一瞬キョトンとした表情になった小日向だが、どうやら状況を理解したようで、ほんのり顔を朱に染めていく。そして俺の鎖骨あたりをぺちぺちと叩き始めた。もしかしてまだ寝起きだからあまり頭が働いていないのだろうか?
というか照れて欲しい場面はこれまでにたくさんあったのだけど……プレゼントスタイルとか、一緒に寝ていることとかいろいろ。恥ずかしさより楽しさが勝っていたんだろうか。
「このままだと学校でも勘違い――は、もうすでに手遅れだよなぁ」
もはや公認カップルみたいになっちゃっているし。付き合ってないのに。
だけど手を繋ぐし抱き着くし一緒に寝ていると言えば、誰だってそう思うよなぁ。俺だってそう思う。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「昨夜はお楽しみでしたか?」
朝のHR前。
そろそろ担任がやってきそうな時間帯になり、皆が席に着きはじめると景一が小声でそんなことを言ってきた。ついさきほどまでは俺を含め他の男子たちと普通に喋っていたくせに……なんだその「やっと聞けるぜ」みたいな顔は。
「うるせぇぶっとばすぞ。というかなんで知ってんだ」
「いやだって二人で登校してきたし。あの子が来るには少し早い時間だったじゃん?」
「たまたまかもしれないだろ」
「最近の流れと今の智樹の反応で確信した」
そう言うと景一は「ふふん」と鼻を鳴らす。勝ち誇った顔が非常に鬱陶しい……。
やましいことはないから、景一になら別に話してもいいのだけど、単純に聞き方がうざい。
「ってかさ、どう考えても両想いじゃん? なんで付き合ってないの?」
「……こっちにも色々あるんだよ」
景一に小日向の過去を話せばわかってもらえるような気もするが、軽々しく人の家庭状況を話していいとは思わない。景一よりは親しいと思われる俺ですら、小日向本人から話してもらったことがないのだし、隠しているとまで言わないけど、あまり大っぴらにしたいことでもないだろう。
俺の答えを聞いた景一は、観察するような目を俺に向けながら「ふーん」と声を漏らす。
「まぁ最近は荒療治気味だったし、智樹のペースでやればいいんじゃない? なんで付き合ってないか聞いただけで、無理に付き合えって言ってるわけじゃないからさ」
「その割に俺たちをくっつけようとしてない?」
「だって見てて面白――面白いし」
「言い直せてねぇから!」
「はははっ、まぁそれは半分冗談。やっぱり智樹の苦手を完全に克服するには、あの子の存在が必要不可欠だと俺は思うわけよ。まぁチャットで以前、『智樹とこれからも一緒にいてくれ』って言ったら断られたけど」
「おまっ、いつの間にそんなことを……っていうか断られたってマジで? もしかして俺、あいつに嫌われてるの?」
ここ最近の小日向からは想像できないんだが。ショックすぎる。
どちらかというと嫌われているというより好かれていると勝手に思っていたが、それはもしかして、ただの勘違いだったり――?
「心配するなって。あの子が言うには『私は私の意思で杉野と仲良くしたい』んだとさ。だから俺の頼みを聞く気はないって」
「……ん? え……んん?」
なんだか、俺が言ったことのあるようなセリフだな。
たしか小日向家の前で、静香さんに「明日香と仲良くしてくれると嬉しい」みたいなことを言われた俺は、それを拒否した。そして「俺は俺の意思で明日香さんと仲良くしたい」みたいな言葉を返したはずだ。
ちょ、ちょっと待てよ。
「……ちなみにそのやりとりっていつ頃の話だ?」
「いつだっけ? ちょっとスマホ見てみる」
そう言って、景一は胸ポケットからスマホを取りだすと、指ですいすいと画面をスクロール。そして「ボウリングに行った日だな」と回答をくれた。
ボウリングの日か……ということは、小日向のその発言は俺よりもあとってことだな。
まさかとは思うが、小日向はあの時、俺と静香さんの会話を聞いていたんじゃ――?
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