第64話 どうぞどうぞ



 白い布に包まれた二足歩行の生き物――プレゼント型小日向を下車させた静香さんは、「ママと飾りつけしたんだよねぇ。我が妹ながら可愛い」と、親公認であることを暗に伝えてから、颯爽と去っていった。まぁ車だったら一、二分ぐらいの距離だけども。


 プレゼントからにょきりと飛び出した足の横には、いつの間にかボストンバッグが置かれている。おそらく中には制服などが入っているのだろうと予測。


「……前が見えないだろ。このままだと転ぶから、リボン外すぞ」


 棒立ちで動かないプレゼントにそう言うと、袋がもぞもぞと動く。たぶん、首を縦に振っているのだと思う。


 赤いリボンの先端を両側から引っ張ってほどき、口を緩めると、中からはどこかドヤ顔っぽい小日向の顔が現れる。ふすふすしていらっしゃる。


 はいはい、びっくりしましたよ。こんなサプライズをされた経験はないからな。


「一応確認しておくけど、泊まりにきたんだよな?」


「…………(コクコク)」


「まぁ別にいいけど、急だからびっくりしたよ」


「…………」


「嬉しそうでなによりです」


 表情は変わらないが、いつもより大きめのふすーをいただいた。

 しかしそもそも、なんで小日向は泊まりに来たんだろうな?



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 プレゼントスタイルが気に入ってしまったようなので、小日向の首の位置でもう一度赤いリボンを結び、俺の部屋へ向かった。当たり前だが、ボストンバッグは俺が運んでいる。だって今の小日向じゃどう考えても運べないし。


 運悪くエレベーターで仕事帰りのサラリーマンと出くわしてしまい、ぎょっとした表情をされたあと、「俺もそんな青春を過ごしたかった」としんみり呟かれてしまったので、「お仕事お疲れ様です」と返事になっていない言葉を言っておいた。青春してすみません。


「はいはい、手が出てないんだから転ぶなよ」


 手のない雪だるまみたいな小日向を補助して靴を脱がせ、二人で寝室へと向かう。もう時間も遅いし、さすがにこれからゲームとかはないだろ。明日から学校だし。


 小日向は俺の部屋に入るなり真っ直ぐベッドへ向かい、前に倒れるように布団にダイブ。それから身をよじって仰向けになり、俺の顔を見てまたふすふす。


 はいはい可愛い可愛い、どこからどうみても天使ですよ。


 なんというかもう……今の小日向の格好はまるで「襲ってください」って言っているみたいじゃないか。

 もしかして小日向は俺の理性を殺そうとしてるんじゃないだろうな? 小日向というか、小日向一家で。というか俺の理性を崩壊させてどうする。いじめですか?


「頼むから他の男の前でしないでくれよ……? 相手が彼氏とかだったら、俺が口出しすることじゃないけどさ」


 小日向の頭上、ベッドの空いたスペースに腰かけてからため息交じりにそう言うと、小日向はこちらに目を向けてから「もちろん」といった様子でしっかりと頷く。


 本当にわかってんのかよ……それがわかるなら今の俺の心境も把握してくれ。


 俺に対してまったく警戒する気配がない小日向を見て、俺は思わず大きくため息を吐く。小日向は真顔できょとんとしていた。


 ふむ――俺も小日向にいじめられているんだから、少しぐらい仕返ししても許されるだろう。注意喚起もかねて、ちょっと脅かしてやるか。


「小日向は今ラッピングされているんだよな? プレゼントみたいに」


 俺の問いかけに対し、小日向はどこか得意げにコクコクと頷く。


「つまり小日向は、自分を俺にプレゼントしたわけだ。じゃあこのプレゼントは、俺が好きなように扱っていいってことだよな? 何しても、許されるはずだよな?」


 仰向けになっている小日向ににじり寄りながら、俺は少し脅すような口調で言った。そして袋に包まれている彼女の肩を、ぐっとベッドに固定するように片手で押さえる。


 身動きを封じられた小日向は、目を丸くして逆さまに見えている俺の顔を凝視。

 実際のところ、俺が本気で小日向を襲おうと思えば彼女に抵抗するすべはない。手は動かせないし、声を出すこともないし、身体の大きさも力の強さも違う。


 もしかするとこれをきっかけに俺のことを怖く思ってしまうかもしれないが、これで少しは小日向も男に対して警戒心を――、


「いや頷いたらダメだろ! アホかお前は!」


 小日向はまるで「どうぞどうぞ!」とでも言いたげにコクコクと高速で頷いていた。なんでやねん! こんなん思わず関西弁になってしまうわ!


 ツッコみと同時に小日向の頭をぺシッと叩くと、彼女は嬉しそうに身体を動かして俺の太ももの上に頭を乗せる。そしてお腹にぐりぐりと頭を擦りつけてきた。

 いちおう「どうぞどうぞ」に恥ずかしさは覚えているようで、耳はほんのり赤くなっている。もしかすると顔を隠すための頭突きかもしれない。


 小日向はしばらくそうやって頭を擦りつけたあと、俺の太ももに頭を乗せた状態で、こちらを見上げながら頭を左右に転がす。


 だめだこの天使……どうしようもねぇ……。

 そして彼女のこの行動を嬉しく思ってしまう俺も、どうしようもねぇ……。


「はぁああああ…………どうなっても知らないからな」


 俺は肩を落としてもう一度深いため息を吐いてから、そんな言葉を漏らす。

 それは小日向のことを襲ってしまうかもしれないという意味ではなく、異性として好きになってしまうかもしれないという意味だ。


 そして小日向は「別にいいよ」とでもいうように、頭を俺の太ももに乗せたまま頷く。なんだかもう、いいや。気にするだけ無駄な気がしてきた。


 しかし……異性としての好きと、俺が小日向を大切に思う気持ち――この二つにどこか違いはあるのだろうか? なんだか混乱して、よくわからなくなってきてしまった。 

 




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